それから更に時間が過ぎたある日のこと。

フランの屋敷の呼び鈴が鳴った。外は土砂降りの雨。

「誰だ、、こんな日に」

扉を開けて目の前にいた相手に、フランは言葉にならなかった。

「お久しぶりです。こんな日にすみません」

「サイラス、、生きて、、」

「はい」

「とりあえず、どうぞ」


中に入れ、暖かいお茶を差し出す。何年になるのだろう。

思い出すのは、イルマを説き伏せたあの日。

「長かったですね。失礼ですが、、戦死したのではと」

「向こうの病院が長くて、連絡もままならなかったんです。
 帰ってこれたのは運がよかっただけでしょう。あの、、イルマはどうしてますか」

「、、、正式にはまだですが、もうすぐサルバトゥール婦人になります」

サイラスの手が止まる。

「妹を責めないでください。イルマはあなたを待ちました。
 生死がわからなくなっても諦めなかった。
 けれど、そんなイルマを見ていられなくなったんです。
 あのままでは妹のほうが倒れるんじゃないか、そう思いました。
 だから、この縁談を勧めました」

「、、、、、」

「償えるなら何でもします。どうか、妹のことは許してやってください」

「立ってください」

膝を折って頭を下げたフランにそっと手を添えた。

考えられないことではない。むしろ、予想の範囲内といえる。

時間がかかりすぎた。それは誰に言われなくてもサイラス自身がわかっている。

誰かが誰かを責める理由など何処にもないのだ。

それに、サルバトゥールの名前ならサイラスも知っている。悪い相手ではない。

これでよかったのだ。サイラスの中でも諦めがついた。

「私のほうで迎えるつもりはなかったんです。
 ただ一目会えたら。そう思っただけですから」

「それは?」

「どうしても取れない銃弾の破片が残っていて、それが神経を圧迫している。
 時間が経てば、動けなくなるそうです。
 けっこう見えないところを痛めているらしくて、一緒になっても迷惑をかけると
 迷ってはいたんです。これで諦めもつきました」

「、、、、、」

「イルマのことお願いします。幸せにしてやってください」

「、、、、ええ、必ず」

「じゃあ、これで」

「もう少しおさまるまで構いませんよ」

サイラスは外を見た。雨は変わらず土砂降りのまま。

「大丈夫です。ありがとう」

これ以上引き止めることもできずに、フランはサイラスを見送った。


それから数日後。

「もう少しだね。忙しいだろう」

「ラウルがいろいろやってくれるから、そうでもないかな。
 いい人、、優しすぎるくらい、、、」

サイラスへの想いを抱いたまま、イルマはラウルの元へと足を向けた。

言葉の通り、ラウルは暖かくイルマを迎え入れイルマも落ち着き始めている。

だが落ち着いてはいるものの、快活な笑い声は戻らなかった。

代わりに浮かんでいるのは微笑み。

「大丈夫、、やっていけるわ、きっと」

イルマは外に目を向ける。

あの丘には、約束を交わした日から足を向けてはいない。

空はあの日と同じように綺麗に晴れていた。

「あの日もこんな空だった、、、」

頬を伝う滴に、フランは気がついた。

イルマを本当に包み込んで満たすことができるは、サイラスだけなのだと。

このままラウルと暮らすことが出来ても、イルマはサイラスを想ったまま隣にいる。

そのことで、かえって息の詰まる思いをするかもしれない。

ラウルが懸命になればなるほど。そして、サイラスは生きているのだ。

「イルマ、これに見覚えはあるかい」

「何?」

フランが差し出したのは指輪だった。見覚えはない。

だが、裏に彫られた名前に息が止まるかと思った。

自分とサイラスの名前。石は、自分の誕生石。

「これ、、、」

「あの丘に落ちていた。サイラスは生きているよ」

「兄さん、、、」

「一度ここに来たんだ。だけど、知らせなかった。今更戻れないと思ったから。
 でもわかったよ。サイラス以外には、お前を本当に幸せにはできないって。
 今のお前はサイラスを待っていた頃と何も変わっていない。
 同じ場所にいるかはわからないけれど、追いかけたいなら構わないよ。
 サルバトゥールからの咎は私が受けるから」

「でも、、そんな、、」

何も考えられなかった。”生きている”その言葉だけが響く。

「ただ、一つだけ。受けた傷が元で体が不自由になっているかもしれない。
 追いかけるなら、そのつもりでいなさい」

指輪を握り締めたまま動けないイルマをそっと腕に収める。

「ほかの事は考えなくていい。後悔はしないようにな」

「、、、ありがとう」


サイラスが生きている。

これを聞いたラウルも、戻りたければ戻ってもいいと言ってくれた。

それでも、今のイルマは手放しで喜ぶことは出来なかった。

どちらを選んでも、選ばなかったほうへの謝罪が残る気がする。

そして、その謝罪を抱えたまま隣にいる資格があるのだろうか。

決めるのは自分の意志一つ。

どちらを選んでも悔いが残るのであれば、どちらも選ぶことをしない。

イルマが選んだのは修道院だった。反対を唱えるものはいなかったという。

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