


甘い香りがゆっくりと部屋を満たしていく。ヘレネはカーテンを開けた。
雲ひとつない空から朝日が差し込む。
「いい天気。、、、ベルクさん?」
「、、、眩しいのは苦手なんだ」
そういうベルクは光から逃げるように横を向いた
「ごめんなさい」
二重のカーテンの薄いほうを引きなおし、自分も腰を下ろす。
「部屋を貸してくれ。少し眠ったら戻る」
「あの屋敷に1人なんですか」
そう歩き回ったわけではないが、通った玄関ホールだけでも相当な広さだった。
自分なら耐えられないだろうと思う。
「父も母も、もういない」
「寂しいですね」
「慣れた」
だからなのだろうか。
動かない、、何を考えて、何を感じているのかわからない瞳なのは。
「あの、よければ少しここにいてもらえませんか」
「どうしてだ」
「お礼がしたいのと、いてもらえるなら安心できる気がするんです」
「名前しか知らない相手にか」
「直感かな。けっこう当たるんですよ」
「私からもお願いします」
2人のやりとりを聞いていたツギリも言葉を添えた。
「私は、この有様でヘレナの相手もろくにしてやれないし
他に近い年の相手もいません。いてくださるなら私も安心できます」
(安心ね、、、)
気まぐれか、ベルクは夢をみたいと思った。望んではならないと、そういわれ続けた夢。
それが出たのか、ふと口の端で笑う。
「随分お人よしなんだな。まあ、、待っている誰かがいるわけじゃなし
いいって言うんなら、そうさせてもらうか」
ヘレナの顔がほころんだ。
「ありがとうございます。部屋のほう作ってきますね」
足早に部屋を出て行くヘレナを、ツギリは嬉しそうに見つめる。
「急に申し訳ありませんでした。でも、ヘレナが楽しそうに笑うのは久しぶりです」
「そうなのか」
「いつも私を心配そうに見ているだけだった。お手数をかけるとは思いますが、相手になってやってください」
こうしてベルクはこの屋敷にとどまることになった。
同居に際してベルクから出された条件は一つ。
自分から起きてくるまでは誰も部屋に入れないこと。
実際ベルクの生活サイクルは、ツギリたちとはずれていて昼前に姿を見ることはなかった。
それでもベルクの存在は、ツギリの心配だけをしていたヘレナに笑顔を与え
ツギリのほうも落ち着いている。
そんなある日、ヘレナはベルクの部屋の前で起きてくるのを待っていた。
昼を過ぎ夕方になりかけたころ、静かに扉が開いた。
「、、、いつからいたんだ」
「ついさっきです。そんなに待ってません」
「用件は」
「外に出てみませんか。見晴らしのいい場所があるんです」
「私を留めていることを気にしてるんなら、その必要はない」
「(、、めげないもんね)気持ちのいい風が吹くんですよ。少しでも行ってみませんか」
ヘレナが誘いにくるのは初めてではない。
どんなにそっけなく返しても変わらないヘレナに根負けしたのはベルクのほうだった。
「わかったよ。少しだけな」
「よかった。行きましょう。今が一番綺麗ですよ」
ベルクの手を取り、ヘレナは町を一望できる丘へと向かった。
「今日もいい風が吹いてる」
草の絨毯が風に揺れる。ヘレナは大きく息を吸った。
「本当にありがとう。あれから兄さんも落ち着いてるし、ベルクさんがいてくれてよかった。
私も、何だか嬉しい」
「物好きだな。こんな私にか」
屈託のない笑顔にはき捨てるように返した。
「どうして自分のことをそんな風に」
「、、、この世界ではお前たちが知らない命も生きている。それだけのことだ」
ベルクがひどく悲しそうに、淋しそうに見えた。
「知らなくていい。いや、知らないほうがいい」
前に立ったベルクがはじめて見せた微笑はどこか辛そうで。
そっと、ベルクの指がヘレナに触れる。腕の中にヘレナは身体を預けた。
「夢をみているようだよ。誰かがこの腕の中にいるなんて」
「夢なんかじゃないわ」
夢であればそのほうが楽だった。けれど現実。
どこかで戻らなければならない。溺れて手遅れになる前に。
「貴方が何処の誰でもいい。ずっと、こうしていたい」
「、、、出来ない」
「私のこと嫌いですか?それならはっきり言ってください」
そう告げてしまえば諦められるのだろうか。自分も、ヘレナも。
「私は、、好きです。一緒にいたい」
胸が大きく鳴った。
「望んでも叶わないことはある。望むことすら許されないことも」
ベルクは腕を解いた。
「長く居すぎたか。居心地がよかったから、、」
「それは、、」
「少し作っておくよ、あの薬。それが終わったら戻る」
「待って!どうして?私が余計なこと言ったから?」
「違うよ」
「、、、いなくならないで、お願い」
「、、、戻ろうか。風が冷たくなってきた」
「ベルクさん、、、」
「あと2、3日だけど、、それまでは」
冷たく変わった風から守るように寄り添い、2人は屋敷へと歩き出した。