


夕刻。開け放った扉の向こうでにいるミレーヌを、ファウロとエステバリスが不思議そうに眺めていた。
「何をなさっているんでしょうか」
「わからん」
「ミレーヌ様、どうなさったんですか」
部屋に入って見てみれば、埃をかぶった食器やら置物やらを目の前にしている。
「鍵のかかった部屋にあったんです。無造作というか、忘れられていたみたいで。
使えそうなものがあったから少し持ってきたんですけど」
「呼んでくださればやりましたのに」
言いながら、ミレーヌの埃を払う。
「こんなものがあったんだな」
いくらかの興味がでたのか、眺めながら呟いた。
「飾れるものは飾ってもいいですか」
「構わない」
「そしたらあの花瓶も、、。花があるといいな。近くに花畑とか知りません?」
「昼に出ることはないから、あっても気がつかない。エステバリスはどうだ」
「ありますよ。街に出る途中で見ますから。
明日にでもご案内します」
「よかった」
「何故だ、、、」
「ファウロさん、、?」
自分を恐れない。
それどころか笑いかけるミレーヌが、ファウロは不思議でしかたがない。
今まで出会ったことのない相手だった。
ヴァンパイアと知らずとも、大抵はこの髪と瞳だけで恐れ、忌み嫌う。
「私が恐ろしくはないのか?」
「、、、え、、と、、」
ファウロをどう思うかと訊かれれば、その答えはでなかった。だが恐ろしくはない。
「、、、怖くはないです。街では恐ろしい魔物としか伝えられてないけれど、、。
噂なんてあてにならないものですね」
どう返したらいいのかわからないファウロは、顔をそむけるとそのまま出て行く。
「怒らせたかしら、、、」
「いえ、とまどっていらっしゃるだけです。
今まで、ファウロ様にそのような笑顔を向けてくださった方はいませんでしたから」
「、、誰も?」
「どうか、ファウロ様をお願いいたします」
ミレーヌは返す言葉がわからなかった。それでも、小さく頷いていた。
それからミレーヌは、部屋に眠っていた置物や絵画を飾り始めた。
殺風景だった風景に色がついていく。その変化はファウロにとっても心地いいものだった。
日々が過ぎてゆく中で、ミレーヌを見るファウロの表情も穏やかなものに変わる。
だが一方で、その変化はファウロに別の苦しみを与える。
一族の血を残すために、本能が求めること。どうでもいい相手なら本能が求めるままに抱けばいい。
けれどすでに、それが出来る相手ではなくなっていた。
ミレーヌの笑顔は、ファウロにとって剣へと姿を変えていた。
酔えないとわかっていても気を紛らわせたくて、アルコールに手が伸びる。
エステバリスもそれがわかるから止めることができなかった。
「あふ、、、」
一日中動いているせいか、眠たくなるのも早い。ここ数日はファウロと顔をあわせることがなかった。
自分が眠った後に目覚め、自分が起きた頃には眠りについている。
少し待ってみようか、そう思いながら歩いていると薄く開いた扉から灯りがもれているのが見えた。
静かに開けてみると、無表情のままグラスをかたむけているファウロがいた。
「何か用か」
「少し、いいですか」
「、、、構わないが」
ミレーヌは隣に座るとボトルを見る。
「お前が飲める代物じゃない。やめておけ」
「そうみたいですね」
アルコールそのままじゃないかというくらい、きつく香っていた。
「あの、訊いてもいいですか」
「何だ」
「、、ヴァンパイアって、、」
ファウロが一瞬止まった。自分に向けられるおびえた眼差しが蘇る。
「お酒に酔うことってないんですか?」
「、、、、、は、、、?」
「これ、1人で飲んでるんですよね。でも全然変わらないから」
ファウロの脇にあるボトルとファウロを不思議そうに見比べた。
「く、、、ははは、、」
笑い出していた。予想もしないことを、ミレーヌは当たり前のようにやってのける。
「本当に、、おかしな娘だ」
「、、、そうかな、、」
「悪い意味じゃない。言葉どうりにとるな」
自分に笑いかけるファウロの顔に、小さく胸が鳴った。
ファウロはミレーヌをまくらにソファーに横になる。
「何もしないから、少しこのままでいいか」
「、、はい、、」
「似ているな」
「誰にですか」
「私の、、母に」
「どんな人だったの」
「、、儚げで、、優しくて、、強くもあった」
昔話をするつもりなどなかったがファウロは止められない。
「父も母もヴァンパイアだったが人を愛した。人から憎まれても、憎むなと。
だが、あるとき大規模な山狩りがあったんだ。
私たちと、仲間が住む場所へ攻撃をかけてきた。
父は人を傷つけるなと言った。私は理解できなかった。
何故人は憎むのか、恐れるのか、共存は出来ないのか。
今も、、その答えはでないがな」
ファウロはフイと横を向く。
「私はエステバリスと共に逃げた。すぐに追いかけると言った母の言葉を信じて。
だが、外に出たすぐ後に大きな爆発音がして、ついさっきまでいた場所は
炎に包まれていた。夜の空に浮かぶ炎は恐ろしいほど綺麗だった」
忘れることなど出来なかった。何処までも追いかけてくる悪夢。
「あれから、、エステバリスと2人だけで生きてきた。
父や、、母、仲間がどうなったのか確かめる術もない」
「、、いつから、、」
「何百年か、、数えるのはとっくにやめたよ」
ミレーヌの瞳にたまった涙を、ファウロの指がすくった。
「どうして、お前が泣く」
「わからない、、、けど、、」
ファウロは起き上がるとミレーヌの頬に触れる。硝子細工に触れるように。
ファウロの鼓動が鳴った。本能が求めている合図。
腕に収めてしまったら、きっと止めることは出来ない。
「ファウロさん、、もし、私で楽にできるなら、、」
「お前を、、壊したくはない」
いっそ人を憎むことができたならどんなに楽だろう。
そうであったなら、己の快楽のためだけに抱くことができる。
けれど愛してしまえば、それは本能とのせめぎ合い。
せめて、同族として会っていたならば。幻とわかっていても願わずにはいられなかった。
ファウロは窓辺に立つと夜を見つめる。
「、、出て行ってくれないか」
なんとか牙を押さえ込む。己を掴んだ腕に力が入った。
「ファウロさん、、」
「行け」
何者も寄せ付けない、深い闇の中にいるように見えた。
その闇を受け止めるだけの決心はつかず、ミレーヌは部屋を出た。
月光さえも遮る雲が、空に広がる夜だった。