優しい鳥籠


翌朝。

「ん、、、、あれ」

目が覚めたセナはぐるりと周りを見る。

「ここ、、、、。そうか、あのまま」

朧であったが昨日の記憶は残っていた。

結局ロバートには無断で鳥籠を空けたのだ。

怒っているだろうか。それとも、さして気にとめていないだろうか。

どちらにしろ帰る場所はあそこだけ。鏡に全身を映し、セナは部屋を出た。


「おはよう」

お茶の準備を終えたアントワネットから声がかかる。

「少しは楽になったかしら」

「昨日よりは」

「よかった。どうぞ座って。
 簡単に食べられるもの作りますね」

(呑気だね、、、、、)

もし短刀を向けたらどんな顔をするだろう。

微笑みは恐怖に変わり、助けてくれと泣き叫ぶだろうか。

だが、もしもそれをしてしまったら
今度はルディに殺されるかもしれない。

自分を善人だとは言わないが、悪人にもなれなかった。

「いいよ、何もしないで」

セナはペンダントを外し、差し出した。

「これ。宿代くらいにはなると思うよ」

「そんなつもりありません」

「ルディに借りは作りたくない。
 それに、これ以上いたら何をしでかすか。
 自分でもわからないし」

「セナさん、、、、」

押しつけるように渡し、背を向けた。

「待って」

「、、、、、」

「戻るの?鳥籠に」

横領事件の絡んだ昨夜のいきさつは
ルディから聞いた。

セナの苦しい胸の内を楽にしてやりたい気持ちもある。

けれど、セナが自分から戻るというのなら
その先はセナ自身が決めなければ進めない。

「あなたも、ルディと同じように
 今更余計なおせっかいをやくつもり?」

「あなたが望まない場所まで踏み込むつもりはないわ。
 でも、覚えていてほしいの。
 何かの時には私たちを思い出してほしい。
 いつでもそのつもりでいるから」

ペンダントを手に握りしめたまま、セナと手を重ねる。

「これ、頂くんじゃなくて預かっておくわね」

押しつけではない、けれど届く暖かさ。

頬に雫が伝った。けれど見られたくない。

「もう会わない方があなたのため。きっと」

手を離したセナの姿が扉の向こうに消えた。

「、、、、どうか、行く先に光がありますように」

アントワネットは静かに祈った。







それから少し遅れて、ルディも姿を見せた。

「おはよう」

「おはよう。セナはまだ」

「もう出たわ」

ポットに伸ばした手が止まり
そのままアントワネットは動かなかった。

そっと肩を抱く。

「鳥籠に戻るって。
 戻るつもりなら強引に引き止めはできないけど
 やっぱり、、、、やりきれないわね」

「今は、彼を信じましょう。
 セナを預けてくれた心を」

主と鳥という形は変えないのだとしても
感じた、それだけではない何かを信じたいと。

ルディはそう思う。

聞こえた鳥の羽ばたきに、願いを乗せた。

 


鳥籠の前でセナの足が止まる。

怒らせて手荒く扱われたとしても、自分が招いた結果だ。

大きく深呼吸をして一歩進んだ。


入れたばかりのコーヒーが香る。

セナの姿を見たロバートは無言でセナの前に立った。

「主との夜をすっぽかした鳥には
 どんなお仕置きが待ってる?」

まだ何処か、投げやりな態度が残る。

「いいよ、何でも」

「どうしてここに戻った」

「え、、、?」

「逃げ出すこともできたろう」

「逃げて何処に行くっていうの?
 他に行く場所なんてない。
 そんなの、ロバートが一番わかってるじゃないか!」

「私以外の主、他に行く場所が欲しいなら探せ」

「ロバート?」

「それでお前が楽になれるならな。
 ただし、明らかに負けとわかる勝負に
 自分から首を突っ込むことだけはするなよ」

「何、、、、それ」

今までに見たことのない微笑み。

優しく穏やかな瞳。従わせる主とは別の顔だ。

「何で、、、、何で、優しいの」

受け止めきれずセナは混乱する。

「僕はロバートの鳥だよ?
 好きな時に抱ければいいんでしょう?
 優しくなんかしないでよ!、、、ロバート、、、」

そっと、腕が背中に回る。ロバートの顔は見えない。

「わし掴みにして捕らえる時もある。
 だが、静かに両手に乗せて羽を休める鳥を
 眺める時もあるだろう」

「ロバート、、、」

「前にも言ったな。鳥籠は鳥を守るための物でもあると。
 今回の件の整理がつくまでは羽を休めていろ。
 ただ泣きたいのなら、それでもいい」

「泣いても、、、、いい」

「この鳥籠にいるつもりがあるのなら。
 ここは閉じ込める道具ではなく
 お前が生きるための場所だ。
 生きるために必要なら、何をしようが構わん」

「ロバート、、、、」

「鳥にも、休息はいるだろう」

何かが溶けてゆく。

腕の中、セナは声を上げて泣いた。






軽い朝食をすませ、ロバートは仕事にでる支度を始めた。

ソファーに座るセナの顔を覗きこんだロバートは
くすりと小さく笑う。

「ひどい顔だな」

「、、、意地悪」

泣きはらした瞳は、まだそれだとわかる。

上着を取ったセナは、ロバートの背中にあてた。

「体のほうは、まだ痛むのか?」

「今はそうでもないよ」

「念のためだ。医者には行っておけ」

「その気になったらね。今日は遅くなる?」

「遅い約束の客はいるが
 極端にはならないだろう。、、、、どうした」

背中にいるセナは黙ったまま動かなかった。

ただ、そっと手で触れているだけ。

しかし、その心には1つの決意があった。

「何でもない」

そう答えたセナは
前に周り襟元を整えると、そのまま唇を重ねた。

「いってらっしゃい」

「今日は外に出る必要もないだろう。静かにしてろ」

「うん」

出るロバートを見送ると、セナは短刀を手にした。

「僕はロバートの鳥。だから、これでいいんだ」

セナは陽が落ちるのを待った。

 


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