優しい鳥籠


ロバートが帰ったのは夕刻から夜に変わる頃だった。

「セナ?」

灯りはあったがセナの姿がない。そして、テーブルに一枚の書き置きがあった。

「白竜の店、、、、」

行き先として書かれてたのは港に近い酒場。すぐに後を追った。


「あ、セナさん」

「こんばんは。賑わってるね」

店は船乗りたちで盛況だった。

知らない間ではないオーナーの白竜は
一人のセナに思わずもう一人を捜す。

「待ち合わせですか?」

「ううん。一人で飲みたくて。
 だけど誰かの声が聞こえる場所にいたくてさ。
 適当にやってるからいいよ」

言ったセナは角の小さなテーブルについた。

「何かあったのかな」

 


それから暫く後。

「ロバートさん」

「セナが来てないか」

「いらっしゃってますよ。
 あのテーブルに、あれ、、、、」

「出た後か」

セナが座ったテーブルには
すでに別の客がいた。

「あの、一人で飲みたいって
 仰ってましたけど何かあったんですか」

「少し怪我をしてる。
 今日は静かにしてろと言ったんだか」

「え、、、じゃあ、誰かに手伝ってもらって」

「いや、そこまではいい。
 近くをあたってみる。邪魔したな」

「ロバートさん、あ、、、、」

踵を返し、ロバートは店を出た。

 


そのまま埠頭に出た。最悪の選択が浮かぶ。

月明かりの下を歩くことしばし。

月光を受けて輝く、真珠色の髪が浮かんだ。

「セナ、、、、セナ!」

「ロバート」

駆け寄って見えたセナの手には短刀がある。

きつく掴んだ。

「う、、、いっ、、」

カラリと手から落ちる。

「まさかとは思ったが、、、、」

「、、、、、」

「そこまで苦しいか?」

セナは答えず、再び短刀を手にした。

見つめるその横顔からは
何の感情も読み取れない。

「今更冤罪だってわかって謝られても
 時間が戻せるわけじゃない。何も取り戻せない。
 忘れられたと思ったのに、これを見た時蘇った。
 自分でも驚くくらい鮮明にね」

「、、、、、」

「あの事件がなければ、ロバートと会うこともなかった。
 それとも、僕も元帥府で仕事をして
 違う形で会ったりしたのかな。
 そっちの道は崩れて無くなってるけど」

光る刃に月光を映す。その輝きは誘いか。

セナは一歩踏み出した。

「セナ」

「動かないでね、ローバト」

静かだが押し殺した声は、呪縛のように足を止める。

ゆっくりと後ろ姿が夜の海に近づく。

「止まれ!」

すれすれに立ったセナは振り向かず
手にあった短刀を海に投げ入れた。

大きく弧を描き、深い闇へと落ちてゆく。

波紋が揺れ、消えるまで見つめたセナは
ロバートの元へ戻った。

「死ぬつもりで来たんじゃない。
 初めからこうするつもりで来たんだ」

「何、、、、」

「僕はロバートの鳥でいたい。
 同じ鳥なら、ロバートが主でいてほしい。
 そう思った。だから今の僕には必要ない。
 これからもロバートの鳥でいさせて」

「セナ、、、、」

セナを失わずにすんだ。

そんな安心感なのか、張りつめていた糸が緩んだ。

昨日からろくに眠っていないこともあり
力の抜けた体が大きくふらつく。

「ロバート!?」

「昨日からろくに寝てないからな」

「昨日、、、、捜してくれたの?」

(私があの家に行ったことは聞いてないのか)

向こうの腹づもりはわからないが
今になって知らせようとも思わない。

「帰るぞ」

「ロバート、、、、、」

先を歩く背中を抱きしめたくて
セナは翼を広げた。

ふわりとロバートを包む。

「僕の翼でロバートを包んで
 それでロバートが休めるなら、僕も嬉しい」

「、、、、、」

「あの時、泣かせてくれてありがとう」

「自分からお前を手放すつもりはない。それだけだ」

振り向いたロバートは微笑みを向けた。

鳥と主であることは変わらない。

けれど今までとは違う何かが、互いの胸にある。

「帰ろう」

「ああ」











無機質な硝子の鳥籠が、優しくあたたかいものに変わった夜。

月の光に包まれて寄り添った二人は、優しい鳥籠へと帰るのだった。


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