キューピッド


「あ、目が覚めたんですね」

「、、、、、」

「あったかいお茶もらってきました。
 気分悪いとか、ないですか」

酔って絡んだあげく世話になったというのも
どうにもきまりが悪い。

だが、押し黙ったままというわけにもいかない。

「とりあえずはありがとう」

「いえ。座ってください。話の前に、これよかったら」

「うん」

飛び出してきたときよりは落ち着いている。

今なら冷静になれるだろう。

自分ではなく、目の前にいる相手を選んだのなら
絽帆の前から消えるだけ。

虎丞はそう決めてソファーに戻った。

両手でカップを取り口をつける。

温かさが、じんわりと体を包んだ。

「虎丞さんが僕を見たのって
 僕がお2人の家から出てきた時ですか?」

「宿にも入ってるでしょう」

「最初の時、絽帆さんは僕のこと何て」

「誰か来てたのって訊いたら、否定してた」

(虎丞さんが見てた事気が付かなかったなら
 説明するのも面倒になったのかな。
 だったら、誤解するのも無理無いか)

話を聞く限り虎丞の誤解は無理もないだろう。

隠れた恋人の存在を知り、酒を飲んだ。

そして当の本人とばったりでは、興奮してもしかたない。

「あの時、僕馬車に水を跳ね上げられたんです」

「え?」

「近くを通った絽帆さんが家に上げてくれて、服を借りました」

「、、、、、」

「今日その服を返しに行こうとしたら、外で会ったんだけど
 絽帆さん、顔色悪くて辛そうだった。
 帰ろうとして歩きだしたら軽い目まいおこして
 それで、近くの宿に入って休んでたんです」

「、、、、、それだけ?」

「はい」

(絽帆が話そうとしてたのは、この事だったの?
 なのに、僕が先にあんな言い方で問い詰めたから)

絽帆の行動を引き起こしたのは自分なのか。

しかし、絽帆が妖しに体を取られ、絽帆ではない絽帆に
組み敷かれたあの時の恐れは、まだ覚えている。

それは絽帆とてわかっているはずなのに。

「本当のこと言ってくれれば」

確かに、家に上げた理由をそのまま話していれば
こうはならなかっただろう。

しかしだとしたら、絽帆は自分の心を封印し続ける。

それではいつか、勢いをつけて溢れだす。

「絽帆さん、宿でこう言ってました。
 自分の望みは、あなたを最も傷つけることだって。
 大切にしたいから守りたいから、それをしないよう
 必死で押さえてるんだと思います」

「絽帆が?」

「眠れてないのも、そんな緊張感が消えないから。
 あなたを壊してしまう前に離れることも考えたけど
 それも出来ない。
 あなたと一緒にいたい。あなたを愛してるって」

「絽帆、、、、」

「虎丞さんにとって、絽帆さんはどんな存在なんですか」

「僕は、、、、」

”お前にとって、俺はどこまで許せる存在なんだ”

あの時は考える余裕などなかった。

絽帆とのこれから。

絽帆の想いを知ったうえで考えるのならば
自分は何を望むのだろう。

「考えてみる。もう一度」

「これからのこと話しあってくださいね。
 すれ違ったまま、お互い傷つかないよう祈ります」

「あの、、、、」

「はい」

「ごめん。勝手に勘違いして迷惑かけて」

キュリオにすれば、とばっちり以外の何物でもないだろう。

怒鳴って文句の一つくらいは当然だと思うが
返ってきたのは微笑みだった。

「いいえ、気にしないでください」

「どうして、、、、どうしてそんなに優しくなれるの」

「きっと、たった一人が差し伸べてくれた手に
 救われたからだと思います」

「、、、、、」

「苦しくて辛くて、でも自分じゃどうしようもなくて。
 そんな時にただ一人だけが、僕に手を差し出してくれた。
 僕も、シャルミラみたいになりたい。そう思ってます」

(、、、、蛍雪さんと同じか)

100人中99人が自分をいらないと言っても
一人が抱きしめてくれれば生きられる。

蛍雪が言った言葉と同じ意味だ。

ならば、それだけの境遇で生きてきたのだろう。

「僕はあなたに助けられたんだね。ありがとう」

(もう大丈夫みたい。よかった)

話し合うことができさえすれば、きっと伝わる。

キュリオはそう信じて頷き返した。












宿を出た2人はそれぞれの帰路についた。

「ただいま」

「お帰りなさい」

穏やかな微笑みがキュリオを迎える。

「新しい茶葉をおろしたところです。
 キュリオの分もいれておきますね」

「シャルミラ、、、、」

ここにきてようやく落ち着いたのか、ふっと心が緩んだ。

「キュリオ?」

「ふ、、、ぇ、、、」

「、、、、、」

ポットを置きキュリオの前に立ったシャルミラは翼を翻す。

純白の美しい双翼と、優しい腕がキュリオを包んだ。

しがみつくキュリオに穏やかに声をかける。

「大丈夫。いつでも、何があっても帰っていらっしゃい」

「うん」

視線を合わせテーブルにつく。

「服を返しに行ったら、途中で絽帆さんと会ったんだけど」

思いもしない絽帆の告白。

相手を想うがゆえのすれ違い。

短時間の出来事を、シャルミラに話した。

「そうでしたか。いろいろ大変でしたね」

「うん。驚いた。
 愛するっていう気持ちはよくわからないけど
 誤解がとけるといいなって」

「お互いを真剣に想ってのことです。話あえてますよ。
 今回のキュリオは、想いを伝える
 キューピッドといったところですか」

「なんか、くすぐったい、それ」

白い翼にハートの矢を持つ天使。

自分にそんな役回りがくるとは思わなかったが
少しでも2人の役に立ったのなら、素直に嬉しい。

「シャルミラは、そういう意味での好きな人っているの?」

「いいえ」

声の調子はいつも通り温和だが即答だった。

「心に誰かを住まわせ恋焦がれるよりも
 時の流れに包まれて静かに過ごすほうが
 自分には合いますから」

「そうだね。そっちのほうがシャルミラの雰囲気かも」

「キュリオはどうなんですか?」

「え、、、僕もいないけど、、、、
 でも、もしこっち側に住む”人”だったら辛いかな。
 どうしたって寿命が違うし、その前に本当のことが
 言えるわけじゃないし」

「人との出会いは
 意図的に操作できるものではありませんからね。
 そのような出会いになったとしても
 よりよい道を探す努力を忘れなければ
 希望はあると思いますよ」

「うん。でも、それこそ何時だかわからないもしもの話。
 それに、シャルミラが大切な人なのは変わらないからね」

「ありがとう」

澄んだ瞳がシャルミラを映す。

その瞳が曇らないよう、いつまでも強く優しい心であるようにと
シャルミラは願うのだった。







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