小さな宝物


「すみません、お騒がせして」

「いえ」

宿の支配人であるアリエルは、素早く周囲を見る。

従業員から受けた連絡では
親子連れと独り客の揉め事だったが
親子連れの姿はすでにない。

「当方から、他機関への連絡は必要でしょうか」

アリエルの言葉は
暗に警察を指しているのだと気が付いた。

「いえ、そこまでのことはありません」

「では提携医を」

「かすっただけですから
 医者が必要な傷でもありませんよ。大丈夫です」

「わかりました。何かありましたら申しつけください」

「はい」

「ひとまず、これで失礼いたします」

アリエルが戻るのを確認し、ヴェリルは先に言った。

「部屋に行こう。ここじゃ悪い」

「説明してくれるんだろうな」

「ああ」

歩き出したヴェリルが軽く腕をかばっているのに気が付く。

訊きたいことは山ほどあるが、さすがにロビーでは
これ以上の押し問答はできず、ヴェリルに続いた。






部屋に入ったヴェリルは
かばっていた左を押さえ大きく息をついた。

「腕、痛めたのか?」

「今じゃない。前の時のが少し残ってるんだ」

「まったく、、、、一体何やったんだよ」

「あの子、持っていたクラスの生徒でね。
 私を含めた引率と生徒で、郊外学習に出た。その時」

場所は森林公園。

気は配っていたつもりだった。

しかし、子供の一人が小動物を追いかけ
整備された道を外れてしまったのだ。

子供では難しい足場で動けなくなっていたところを
ヴェリルが見つけた。

子供をかばい、自身は傷を作りながら
どうにか戻ることができた。

子供、母親、学校の関係者。

皆感謝する中で
一人だけヴェリルを責めた人物がいた。

子供の父親だ。

「私の注意が足りなかったのだと
 父親は怒り心頭だった。
 学校ごと訴えると言ってきたんだ」

「だから辞めた」

「それで済むなら一番早いだろう。
 まさか、ここで会うとは思わなかったけどな」

「向こうはまだおさまって無い。そういうことか」

引率役だったのだから、責任はあるだろう。

しかし、子供が無事に戻ったのなら
そこまで引きずらなくてもいいと思う。

出来る範囲で責任をとろうとしたのだから。

またそういう事情なら
黙っておくような理由とは思えない。

「初めから言えよ。
 黙っておくような理由じゃないだろう」

「言い訳になるような気がしてね」

「、、、、、」

「目が届かなかったのは事実。
 連れ戻したからといって
 無かったことには出来ないし、したくない」

(これも兄貴の性格だけどな)

よくも悪くも、ヴェリルの性格を思えば納得はする。

とりあえずは訊きたかった事もわかったし
ソプレーゼは一区切りとした。

「辞めた理由がわかったのはいいとして
 腕大丈夫なのか」

「感覚として残っているだけだ。
 中は治ってるよ」

「あまり驚かせないでくれ。
 いきなりあんな場面出くわして、何も訊くなってのが
 無理な注文なんだからな」

「悪かった。
 せっかく来てくれたんだし、お茶でもどうだ。
 この宿サルバスでも評判いいんだぞ」

「先に用件だけ伝えとく。
 一緒に暮らすのと店を手伝うって話
 兄貴の好きにしていいよ」

「ほんとか?」

「訊きたいことは今のでわかったし、断る理由もない。
 ただな、一緒に暮らすのにだんまりでも困る。
 それは覚えといてくれよ。
 理由もわからないで、振り回されるのはごめんだからな」

「ああ、もちろん。
 そもそもお前を困らせようなんて思ってない」

「わざとなんて思ってない。
 けど、結果としてとうなることがあるから
 気をつけてくれってだけだ」

「おかしいな」

ヴェリルは不思議そうに首をかしげた。

ヴェリルが家に戻れば手を焼くこともあるだろう。

だが、ヴェリルが戻ることで今の暮らしが
どう変わるのかを楽しみにもしている。

そんな自分に気が付き
ソプレーゼは小さく苦笑いを浮かべていた。

「チェックアウト明後日だろう。
 こっちに来るの何時頃だ」

「昼前くらいだと思う。
 手伝えることは残しておいてくれ」

「力仕事は?」

「問題ない」

「わかった。じゃあ明後日な。
 変わったことあったら連絡くれ」

「もう帰るのか」

「他に寄りたい所があるんだ。
 それに、家に戻るんだから時間はあるだろう」

「ソプレーゼ」

ヴェリルに笑顔が向く。

「旨い酒仕入れとくよ。それじゃ」

「ありがとう」

背中から聞こえた声に片手を上げて返し、宿を後にした。




















こうして2人での暮らしが始まった。

「よろしくな」

「ああ」

他の従業員に兄と知らせはしたが、もちろん差はつけない。

店を手伝い始めたヴェリルも、表には出ず裏方に徹した。

そんなある日。


「兄貴、店今日定休日だから」

「酒場で定休日なんてあるのか?」

「月1回は完全に閉めてる。でないと休んだ気にならないよ」

言いながら、最後の一口を運ぶ。

「兄貴にしても、久しぶりの休みだろう。ゆっくりしてくれ」

「そうか。じゃあ甘えさえてもらうかな」

「兄貴が泊ってたあの部屋。高そうなとこだったな。
 一週間連泊じゃ、けっこうな額いったろ」

「退職金それなりに出してもらえたから
 そいつを充てたよ。
 スイート連泊なんて、最初で最後だろうけど」

「私には縁がなさそうなとこだ」

「まだ使いきってないよ。旅行でも行くか?」

「兄貴と?」

「嫌か?」

嫌とはいわないが、どうにも微妙な感覚を覚え
ソプレーゼは返さなかった。

「そんなに考えるなよ。傷つくぞ」

「いじけても可愛くないからな」

「あ、刺さった」

「、、、、薬代わりにボトル一本キープしとく」

「そいつは何よりの薬だ」

(どこまで本気なんだか。けど、これが家族なのかな)

「どうした?」

「別に。新しいのいれるけど、兄貴は」

「ついでに頼む」

気持ちよく晴れた日の朝。ゆったりと時間が流れた。


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