


小さな宝物
買い出しのため市場へ向かっていたソプレーゼ。
途中、アリエルの宿の前を通った。
「スイート7連泊ね。さすがにそこまではな」
いくら豪華で広い部屋でも、一週間は飽きるだろう。
そんなことを考え通り過ぎた時
「待って」
子供の声が聞こえ、自分を通り越した足音は目の前で止まった。
「君は、、、、あの時の」
子供は、ヴェリルが助けたというあの時の子供。
「あの、すみません」
続いて母親も姿を見せた。
「あの時は、何も申し上げられず失礼しました」
「いえ、兄貴から事情は聞きました」
「そうですか。
ヴェリルさんはこの子を助けれくれたのに
主人はどうしても、、、。本当に申し訳なくて」
「退職は兄貴が自分で決めたことです。
今の状況を、恨んでも憎んでもいません。
だから、あまり気にしすぎないでください」
「ねえ」
「何だい」
「先生は、お兄さんのお兄さんなの?」
「そうだよ」
「これ、先生にあげて」
子供はポケットから何かを取りだした。
ソプレーゼは目線を下げてそれを見る。
持っていたのは小さな天使。
「先生に、ありがとうって」
「大切な物じゃないのかい?」
「実は私たち、この町を離れるんです」
母親の言葉に、子供は小さな手を握る。
「先生に宝物をあげたいって、この子。
宿の方で、今のヴェリルさんの住まいを訊けないかと思いこちらに」
「そうでしたか」
「主人には黙ってきてます。
汽車の時間もありますから、御迷惑でなければお願いできませんか」
「お願い。先生のこと大好きだから」
「わかった」
掌におさまるこれには、精一杯の想いが詰まっている。
「何時の汽車で発つんですか」
「たしか」
訊いた時間を頭に叩き込む。
「あまり余裕もなさそうですね。確かに預かります」
「ありがとうございます」
「君の名前、教えてくれるかい」
「スピネル」
「スピネル君、だね。これはちゃんと渡すよ」
「ありがとう」
「では、私どもはこれで」
「道中お気をつけて」
「ありがとうございます。行きましょう」
「ばいばい」
「元気でな」
親子を見送り、急いで家に引き返した。
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「兄貴」 「、、、、お帰り。ずいぶん早いな。 「兄貴が助けた子供、名前スピネルだよな」 ヴェリルの手が止まる。 「どうしてお前が名前を?私が言ったか?」 「宿の前で母親とその子に会った。 「何だって」 「その前にもう一度会って、宝物を渡したい。 「、、、、、」 預かった天使を、そっとヴェリルに差し出した。掌に収まる少年の想いを、ヴェリルはただ見つめる。 「言いわけでも何でもない。 「ソプレーゼ」 「汽車の時間は聞いてる。 「だが、父親も一緒なんだろう。だったら」 「だったらどうした」 今度ばかりは譲れない。 「顔を見せるだけでもいいだろう。 「、、、、、」 「ほんとに、このままでいいのか?兄貴」 宿で見たスピネルは寂しそうな顔だった。 笑った顔が見られるとしたら 「行ってくる。時間教えてくれ」 ソプレーゼから必要な事を聞き、家を出た。 残ったソプレーゼは時計を見る。 間に合うかどうかは、きっかり五分だろう。 「間に合ってくれ、頼む」 祈るように呟いた。 |
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時計は汽車の出発時刻をすぎ、真っすぐ帰るなら戻る頃の時間を指していた。
間に合ったのならいいが、間に合わなかったらヴェリルはどんな顔をして帰るだろう。
自分はどんな言葉をかければいいのか。
「はあ」
溜息が落ちた。そ、そこに
「ただいま」
「ん、、、ぐ」
ヴェリルは飲みこんだソプレーゼの脇を抜けた。
「どうだった」
「目の前で行かれた」
「そうか、、、」
「、、、、、」
「けど、まあ、多分追いかけなかったら
きっと、もっと、後味悪かったと思うぞ。
出来るだけのことはやった。そう落ち込むこと無いって」
「ソプレーゼ」
届いた想い。自分は届けられなかった。
けれど、続く空の下、いつか巡り会うかもしれない。
届いた想いを信じていれば。
ヴェリルもそっと胸に抱いた。
「ありがとう。よし、今夜は私が作ろう。
店も休みだし、ゆっくりできるな」
「兄貴が夕飯作るのか?」
「ああ。けっこう評判よかったんだぞ。
なんなら、思いっきり豪勢にでも」
「旨けりゃ、豪勢じゃなくていい」
「わかった。期待しててくれ」
気を取り直し、ヴェリルは家を出た。
「ほんと、世話の焼ける兄貴だ」
ソプレーゼは優しく見送りながら呟いた。
市場へ向かう途中、足を止めて澄んだ空を見上げる。
世界を繋ぐこの景色は、生きる命を包みこんでいるかのように暖かい。
ヴェリルは大きく息を吸い込み、再び歩き出した。