風が伝えし奏で


「この部屋にいらっしゃいます。私はここまでに」

「ありがとう」

軽く会釈をして、ジャステアは場を離れた。

一呼吸置いて扉を叩く。

「どうぞ」

間を置かずに声が返った。

イーリスは闇戯かジャステアだと思っているのだろう。

「イーリス、私です。かまいませんか」

「だ、、、駄目です!」

がたりと、大きな音がした。

「イーリス?何が」

何かが派手に倒れたような音。

返事を待ったが返ってこない。

「入りますよ」

怪我をしていないかとの心配が先に立ち、ルトヴァーユは部屋に入った。


淡い灯りに影が浮かぶ。

「イーリス」

「いっ、、、た、、」

「大丈夫ですか?怪我は」

近づいて見えたイーリスのなりに足が止まった。

深い蒼だった髪は淡く美しい翡翠色。

見慣れない服は己の翼と同じ白銀の輝きだった。

似合いそうだからと、闇戯が渡したもので
気がまぎれればと
ジャステアは髪色を変えてみないかと提案した。

一通り終わったところに思いがけない声が聞こえ
慌てて動いたイーリスは裾を踏み転んでしまったのだ。

どうして追いかけてきたのかと、問う気力も失せた。

「どうしてこんな時に、、、、、」

「また美しい姫のようだといったら怒られるかな」

「もう、、、好きになさってください」

がっくりと肩を落としたイーリスに手を差し出す。

「足を痛めていなければいいけれど、立てますか」

無言でルトヴァーユの手を取り椅子に座った。

「置き手紙だけで出てきたこと、怒っていらっしゃいますよね」

「あなたやヴィクトリアに辛い思いをさせてきた。
 気付かないふりをしていたのかもしれません。
 私の方こそ、すまなかったと思います」

「でしたらもう、私のことは放っておいてください。
 ルトヴァーユ様の傍にいることで悪影響を与えるのなら
 戻ることはできません」

イーリスはルトヴァーユを見ようとしなかった。

「私はあなたに戻ってほしい。それを伝えにきたんです」

「つ、、、、、」

小さく唇をかむ。

自分に非難が向くのならいい。

けれど以上のものがルトヴァーユにいくのだ。

まして追いかけて連れ戻したとなれば
どれだけの言葉を浴びせられるのだろう。

「その結果がどうなるか、おわかりにならないのですか」

「今の状態で戻ってくるのは難しいでしょう。
 だから、戻ってこられる環境を考えるつもりです。
 どこならいいのか、何があればいいのか」

「同じことです」

「離れが無理なら、せめて有翼側に戻ってほしい。
 偶然にすれ違うくらいなら可能性はあるでしょう」

「どうして、、、、」

「あなたに傍にいてほしいから」

素直に出てくる正直な想い。

飾らないからこそ、イーリスに真っ直ぐに届く。

「ルトヴァーユ様、、、、」

イーリスは胸をおさえていた。

「新しい居を見つけられるなり、考えが浮かんだらまた来ます。
 少なくとも、無理やり連れ戻しはしません」

「ヴィクトリアさんは」

「、、、、、、」

「ルトヴァーユ様のことを本気で心配しています。
 きっと、、、、あなたを愛しているから」

「私は友人だと思っていた。
 けれど、ヴィクトリアの想いはそれ以上だったと知りました。
 イーリスと同じように私を守ろうとしてくれた」

「ならばどうか」

「私は友人以上には見られない。
 ヴィクトリアが求めるものは与えられないでしょう。
 嘘をついて誤魔化しても、結果傷つけてします。
 ヴィクトリアも、それは望んでいません」

ルトヴァーユはイーリスの前に回った。

「お互いに正直な気持ちを伝えた上で、私はここにいる。
 そして私はあなたに戻ってほしいと望んでいます。
 イーリスが戻ってもいいと思えるまで、待ちますよ」

言葉にならず、イーリスは首を横に振った。

ルトヴァーユも言えるのはここまでだ。

長くなってもイーリスに辛い思いをさせるだろう。

「どんなに時間がかかってもいい。
 だからせめて、ここにいてくださいね」

部屋を出るルトヴァーユを、イーリスは最後まで見なかった。


















ルトヴァーユは庭に戻った。

「イーリスとは話せましたか?」

「ええ。戻るつもりはないと」

「一回で頷くほどの軽い覚悟でもないでしょう。
 私たちとて、状況が変わらないまま戻したくありません」

「闇戯様も私も、事態が好転するよう願っております」

「ありがとう。イーリスのことお願いします」

「はい」

ジャステアは微笑んで返し、闇戯も頷いた。

2人になら任せられる。ルトヴァーユは飛び立った。


「さて」

「やはり、あの場所を解放なさいますか」

「精霊たちも気配を感じてか集まっていますからね。
 解放となれば、下手な相手には預けられない」

「イーリス殿が承諾してくださればよろしいのですが」

「環境は整うのだからあとはイーリスの心一つ。 
 とにかく話してみましょう」


「ルトヴァーユ様、、、、私だってお傍にいたい。でも、、、」

有翼側で別に居をかまえたところで
憶測だらけの噂話が収まるとは思えない。

ただすれ違う偶然を待つなど、イーリスは耐えられなかった。

いっそ誰も知らないところで眠りにつこうか。

そこまで考えていたら、扉が開いた。

「あなたを泣かせるなんて、罪つくりな方ですね」

「闇戯、、、、、」

「イーリス、ひとまず白銀どうのこうのはおいておいて
 ルトヴァーユという人の傍にいたいと思いますか?」

「、、、、、、、」

白銀でないなら、立場を考えずの答えなら決まっている。

「傍にいたい、でも」

「こういう考えはどうです。
 有翼側で、白銀を含め統括が足を向けてもおかしくない場所。
 建前であれ、文句のつけようない理由があればいい」

「そんな、、、そんな都合のいい場所、すぐには」

「あるんですよ」

「闇戯?」

闇戯なら、その場しのぎの嘘などつかない。

「どういう意味ですか」

「イーリスなら、あの場所と私たちの運命を預けてもいい」

「あの場所って、、、、私に何ができるというんです」

「まずは、私が何なのか知ってください」

己が背負い、ジャステアに背負わせた運命。

闇戯は静かに語り始めた。


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