背負うべきもの


黙々と作業を進め2日目。

数字を見ることは苦ではないが、細かい伝票だった。

リシャールは手を止め大きく背を伸ばす。

意地とプライドも手伝い作業は早い。

一息入れようと目を閉じた。


「リシャール、、、、、」

「ん、、、、」

懐かしい声が呼んだ。

「待っている。あなた、、、、」

「何処、、、、だ」

「独り、、、、お願い、来て」

「待って、、、くれ」

「リシャール、、、、」

「あ、、、、、」


「ひどいうなされようだな」

聞こえた声はカーネリアだった。

「、、、、何か言ってたか」

「いや」

忘れたい。忘れられない悪夢。

リシャールは小さな瓶を取り出し流し込む。

きついアルコールが香った。

「ただの酒だ」

「支障はきたすなよ。
 こっちはこっちで、別の作業中だ。
 ゲームとはいえ、実務も兼ねてるからな」

「わかってる」

ふと、リシャールは時計を見た。

「この時間までか?何を見てるんだ」

「ローゼンタの名前は知ってるだろう」

「ああ。家具工房だろう」

「クロシェと彩華月が共同オーナーになってる。
 僕の名前で権利書ができてるから
 報告は僕のところにくるんだ。
 それをまとめてるところさ」

「、、、、、」

クロシェの嫡男とはいえ、当主はカーネリアの父親のはずだ。

どれだけの物を、すでに渡されているのだろう。

カーネリアは伝票の束に目を向けた。

「処理は早そうだね。数字には強いか。
 なら、このゲームは勝たせてもらうよ。
 数字に強くて影を知る人間がいれば
 クロシェの為にもなるからね」

「カーネリア・クロシェ。
 その名前の為だけに生きるつもりなのか」

「この名前が必要とされる限りは」

カーネリアは真っ直ぐリシャールを見た。強く。

「カーネリア・クロシェは僕だけだ。
 逃げるつもりも投げ出すつもりもない」

その姿は誇り高き騎士のようだった。

剣を掲げひるむことなく進んでいく。

「どうした」

「いや、何でも」

負けるかもしれない。リシャールは一瞬そう感じた。

だがリシャールとて途中棄権はしたくない。

最後まで戦うつもりだ。

「仕事に戻るよ」

リシャールは再び伝票に手を伸ばし、カーネリアも部屋を出た。

ゲームは静かに、しかし激しく火花を散らし続いた。





そして期限の3日目。

リシャールは結果をカーネリアに出した。

カーネリアの手には別の束があり、2つを交互に見比べる。

「、、、、こうなるとはね」

「不満な点があるのか?」

「いや、意外なだけだ。見ればわかるよ」

カーネリアは、手元にあった別の束を
リシャールに渡した。

「これは、、、、」

見てすぐに、カーネリアの言葉の意味がわかった。

元はあの伝票の束なのだろう。

まとめ方、考察。そのほとんどが似ているのだ。

「どういうことなんだ」

「片方は僕がまとめたもの。
 あの課題は、前に僕が父さんから出されたものだ」

「、、、、、」

「似た結果が出てくるってことは
 思考回路が似ているのかもしれないな」

「つまり、本当の目的はまとめた結果じゃなくて」

「自分の思考回路を説明しろっていったって無理だろう。
 こっちの方が早く正確にわかる。先入観無しでね」

カーネリアはすでに従わせる者なのだ。

敵わない。リシャールはそう思った。

「そこまでを見越しての話だったとはな。たいしたものだ」

「降参かい?」

カーネリアの行く先を見てみたいと思った。

カーネリアが当主となったクロシェを。

けれど、まだ先はある。

「いや、最後までやらせてもらう。分が悪くなってはいるがな」

「最後に大逆転の可能性だってあるさ。
 こっちだってそのつもりだよ」

「とりあえず、これは終わりなんだろう。次は」

「用意してあるけど、その前に別の仕事だ」

「ご命令を」

「アフタヌーン・ティーを」

「畏まりました」

受けながら、リシャールは変化を感じていた。

勝敗にかかわらず
このゲームそのものをどこかで楽しんでいるのだ。

主と呼べる相手かもしれない。

カーネリア・クロシェという人物に
リシャールは魅かれ始めていた。









カーネリアからの課題をこなしつつ数日が過ぎたある日。

カーネリアを訪ねて来客があった。

知らせを受け、リシャールはお茶を準備し客間に入った。

「失礼いたします」

「君は」

先に声を上げたのは客のほうだった。

そしてリシャールも手が止まる。

「リシャールをご存じなのですか」

「リシャール、、、、やはり」

「カーネリア様に御用のはずです。
 控えておりますので、何かありましたらお呼びください」

冷静に返しお茶を出すと、リシャールは背中を向けた。

だが、部屋を出て行くリシャールの拳は
強く握られていた。

「カーネリア殿、あの者は」

「リシャール・ノーチェ。僕付きで雇うつもりです」

「そうですか。まだ私を許してはいないのでしょうな。
 許されることではないだろうが」

「、、、、商談にしますか?それともリシャールの話にしますか」

カーネリアは客に選ばせた。

客はリシャールの話を選んだ。

「リシャールは娘の恋人でした。
 けれど娘には別の縁談が入り私は」

「断れなかった」

「娘には諦めるよう言いました。
 リシャールには別の縁談を受けることを、娘も納得したと」

「けれど、丸くおさまったわけではなさそうですね」

「娘は、、、、一人命を絶ちました」

(この前うなされてたのは、それだな)

「私が死なせてしまった。
 リシャールが私を怨むのは当然でしょう」

「恨むことでリシャールも苦しんでる。
 その時の悪夢にうなされていますよ」

「そんな、、、、」

手元に落ちていた客の視線は、カーネリアに向いた。

助けを求めるように。

けれど、リシャールの心の問題を
カーネリアが解決するなど不可能だ。

「僕が何を言ったところで
 リシャールが納得しなければ悪夢は終わらない。
 答えを出せるのはリシャールだけです」

「しかし」

「僕はリシャールを信じます」

「カーネリア殿」

悪夢が違う夢に変わること、酒を携帯する必要がなくなることを
カーネリアはこころから願うのだった。





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