背負うべきもの


<泡沫>の中心都市キエヌ。

リシャールは、キエヌでも有数の大貴族クロシェ邸の前にいた。

「しかし、大層なところからお呼びが掛ったものだな」

リシャールの生業は執事。

前に務めていたヴァルデイ家を辞め
斡旋所に登録をかけてから暫く後、クロシェから声が掛った。

クロシェが自分を目にとめたことは驚きだった。

だが同時に、楽しみな部分もある。

相手は名門クロシェ。

そして嫡男カーネリアの噂は、リシャールもよく耳にする。

頭脳明晰、冷静沈着。

現当主である父親の片腕として申し分無しと。

「退屈はしないですみそうだな。さて」

リシャールは歩みを進めた。

「失礼いたします。
 こちらにお約束のあるリシャール・ノーチェと申します」

言いながら紹介状を差し出す。

受け取った門番は屋敷の中に入った。

ほどなく戻り門が開いた。

リシャールはクロシェの門をくぐった。


部屋に通され待っていると、カーネリアが姿を見せた。

「リシャール・ノーチェと申します」

「カーネリア・クロシェだ。座って」

許可が下り、リシャールはソファーに座った。

「前はヴァルディにいたそうだな。
 夜会で見かけた覚えはあるよ」

「クロシェのご子息に覚えていただいているとは光栄です」

「どうしてヴァルディを出た」

「正直に言わせてもらえば、見限りました」

遠慮など感じない、あけすけな言い方だった。

先に仕えていた家のことを悪く言うつもりだろうか。

カーネリアは先を促した。

「ヴァルディの奥方の浪費はひどいものでした。
 なのに体面上はよく見せようと必死になっていた。
 周りが何を言おうがおかまいなしで
 あげく為を思って進言した者は解雇ですからね。
 主も何も言えなくなり、誰もが口を閉ざすようになった」 

「派手な浪費家とは言われてたけど、噂通りか」

「食いぶちが危なくなる前にヴァルディを出ただけです。
 ただ働きはしたくないので」

カーネリアは手元の経歴を見た。

「けっこう頻繁に勤め先が変わってる理由は、同じものか?」

「大方はそうです。さすがに名前は出せませんが
 奥方に言い寄られて断ったら解雇になったこともありますよ」

「、、、、、、」

「華やかな輝きが作る闇のような影。
 それなり見てきたつもりです。
 クロシェともなれば裏の駆け引きも必要でしょう。
 お役に立てるとは思っていますが」

策略に長けた参謀。

それがリシャールに対する第一印象だった。

下手にでて自分を売り込もうとする人間には随分会ったが
リシャールのような男は初めてかもしれない。

「面白い」

「、、、、、」

「こっちが君を使う立場だけど
 考えているのは逆のことだろうな。
 僕とクロシェをどう使えば、自分にとって有益なのか」

「、、、、頭脳明晰、冷静沈着。噂通りだな」

リシャールは否定しなかった。

敵に回せば厄介。だが味方に出来れば戦いは有利になる。

それに、カーネリアの嫌いなタイプではなかった。

「ゲームをしないか」

「ゲーム?」

「とりあえず、一か月ここにいろ。
 それ以降もここにいてもいいと思えば僕の勝ち。
 お前が僕を見限るならお前の勝ちだ。
 退職金ははずむよ」

この提案には、さすがにリシャールも驚いた。

勝てる自信があるのだろうか。

「たいそうな自信だな。勝てると?」

「初めから負けるつもりの勝負はしない。
 今のところ、ゲームと名のつくものに負けたことはないしね」

「いいだろう。受けよう。
 甘やかされて育った我儘息子よりは、楽しめそうだ」

考えもしなかった展開だが、リシャールは歓迎していた。

カーネリア・クロシェ。

まだ子供といってもおかしくないだろうが
その手腕は十分リシャールの興味をひいた。

「何もしないでふらつかれるわけにもいかないから
 とりあえずの仕事はしてもらうよ」

「ああ、構わない」

「ついてきて」

リシャールを伴い、カーネリアは場所を変えた。










自室に移ったカーネリアはキャビネットから箱を出し
その中から何かを取り出した。

片手におさまる小さなものだった。

それを持ったカーネリアは部屋を出た。

そしてしばらくすると、やはり箱を持って戻り中身を広げた。

出てきたのは伝票の山だった。

「これは」

「鉱山から上がってきた報告だ。一か月分ある。
 何がどれだけ採取できたか。
 その結果から推測されることをまとめてくれ」

「これが何だか、わかってるのか?」

リシャールは伝票とカーネリアを交互に見る。

「クロシェの財産の明細でもあるんだぞ。
 もう少し利口かと思ったがな」

最初の一手は自分の勝ちか。

そう思ったリシャールだったが、カーネリアはこう返した。

「原本じゃない。それに個々の内容は転記してある。
 作業が終わって不足分がでたら
 真っ先に疑われるのは誰かくらい、わかるだろう」

「、、、、、、」

「保管も仕事だ。紛失、盗難、その他諸々。
 その責任は全部お前にかかる。いいね」

「なるほど」

下準備に抜かりはなかった。

駆け引きの鋭い勝負は望むところだ。

「預からせてもらおう」

「部屋は隣。とりあえずこれに関しての期限は3日だ」

「わかった」

リシャールは箱を抱えた。

「最初の一手はそっちの勝ちだな。ますます興味がわいたよ」

「2人だけの時は構わないけど
 他がいる時は口のきき方気を付けろよ」

「心得ております。失礼を」

最後は丁寧な礼をして、リシャールは部屋を出た。

「ふう、、、、」

カーネリアは大きく息をする。

この緊張感は久しぶりかもしれない。

「気の抜けないゲームになりそうだな」

申し分ない、手強い相手だ。

カーネリアは改めて気を引き締めた。






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