旋律の裏側


「バイオリン聴けるといいね、フレデリック」

フィータはフレデリックとお喋りを続けながら
アリエルの帰宅を待っていた。

そこに、若干遅くアリエルが帰ってきた。

「お帰り、アリエル」

「ただいま」

「お疲れさん」

コンサートの件は話したい気持ちを
フィータは押さえる。

話があっても帰った直後を捕まえるのではなく
一度腰を落ち着けてから始めるのが決まりだ。

自室へ入ったアリエルのお茶をいれたオルガは
フィータと並んで座った。

ほどなく、アリエルもリビングに姿をみせた。

一息ついたところで、フィータは口を開いた。

「アリエル、1つお願いがあるんだ」

「どうした」

「アルドさんのバイオリン、聴きに行ってもいい?」

「コンサートに来たいってことか?」

「うん」

オルガが続ける。

「買い物に出た時、偶然会ったんだ。
 そこで少し話してたら、アルドさんのバイオリンを
 聴いてみたくなったようでさ」

「お仕事の邪魔はしないから。お願い」

「俺も一緒に行く。周りに対しては気をつけるよ」

聞き分けが悪いのではない。

騒がしくしないようにといえば、それは守れるだろう。

万が一、フィータの神経に障るようなことがあっても
オルガが一緒なら乗り切れる。

オルガに任せきりにしたくはないが
頼らざるえないのが実情だ。

「フィータ、来てもいいけど1つ約束だ」

「約束」

「騒がしくしないこと。
 他のお客様の迷惑になってはいけないよ。それから」

フィータが言うより先にくぎを刺す。

「フレデリックは留守番だ」

「、、、、、」

フィータは抱きかかえているフレデリックに目を向ける。

一緒に行きたくても、駄目だと言われれば
それ以上ねだりはしない。

「そっか、、、わかった。フレデリック、お留守番しててね」

「いつも悪いなオルガ。
 私がもう少しみていられればいいんだか」

「これくらい、たいしたことないよ。よかったな、フィータ」

「うん。ありがとう、アリエル」

「さて、じゃあ飯の支度にするか。
 珍しく貝が入ってたんだよ」

「久しぶりだな」

「港の市場からいろいろ回ってきてた。
 酒蒸しと、魚貝の具だくさんスープだ」

「僕も手伝う」

キッチンに入ったオルガの後を、フィータが追う。

残ったアリエルをフレデリックが見ていた。

「フレデリックはぬいぐるみ、、、、、
 生きた友達にはなれないよ、フィータ」

いつか、それを告げる日が来るのだろうか。

この手を離れる時が。

「、、、、よりよい道をお示しください」

アリエルは静かに祈るのだった。





そして、第一回目のコンサートの日。

「若い女性ばっかりだな」

会場となるロビーには大勢の若い女性が集まっていた。

少し距離を置いた後方に、オルガとフィータは立った。

「みんなアルドさんのバイオリン聴きに来てるんだ」

「宿にとっても、いい話題になるな」

すぐに集客に結びつくとはいえないだろうが
人が集まることは、いい影響だろう。

やがて時間となり、アルドが姿を見せた。

大きな拍手で迎えられる。

挨拶代わりの会釈をしたアルドは奏で始めた。

流れる旋律は、穏やかなゆったりとしたもの。

優しく広がり満たしてゆく。

フィータは目を閉じた。

抱かれる感覚は、揺りかごにも似ている。

身を委ねたまま時間はすぎ
予定していた曲目を終えたアルドはバイオリンを下ろした。

観客は、迎えた時以上の拍手を送り
フィータも大きく手を叩いている。

2人を目にとめたアルドは視線を向けて頷き
観客全員に一礼して舞台を降りた。

余韻の残る中、人々も散っていく。

「来てよかったか、フィータ」

「うん」

にこにこと機嫌のいい時の笑顔になった。

「あと何回あるんだっけ」

「3回か」

「また来てもいい?」

今日の様子なら、アリエルも反対はしないだろう。

「アリエルに断っておけば大丈夫だろう。また来ような」

「うん」

2人は宿を後にした。




コンサートを終えたアルドは
そのままアリエルの部屋に足を向けた。

「お疲れ様でした。どうぞ」

促され、ソファーに腰を下ろす。

「如何でしたか」

「多くの人が足を止めてくれました。
 私も楽しかったです。
 弟さんとご友人もいらしてましたよ」

「フィータも楽しみにしてましたから、喜んでいるでしょう」

アリエルと会うのはこれで2回目。

打ち合わせは別の従業員と重ねてきた。

支配人という、アリエルの肩書には驚いたものだ。

「従業員の方もよく動いてくれました。
 それも、支配人としてのアリエルさんを
 信頼なさっているんでしょうね。
 まだお若いのに、これだけの宿に支配人とは」

「私などまだまだです。
 特に父が存命だった頃からの従業員には
 教えられることのほうが多いですよ」 

さらりと出たが、アルドはすぐに返した。

「お亡くなりですか?」

「ええ。父も母も他界しています。
 この宿は父が残してくれたものなんです」

「それは、、、知らずとはいえ失礼しました」

「いえ」

アリエルは席を立つと封筒を取り出し
アルドの前に置いた。

「これを、受け取っていただけませんか」

「何でしょう」

「譜面です」

「譜面?」

きっちりと封はされているが、表書きはない。

誰の作品で、またアリエルは何故これを
自分に渡そうとしているのだろう。

「これはどなたの作品ですか」

「正直、詳しいことは私にもわかりません。
 これは、父の遺品の中から出てきたものなんです」

これもまた、父が残したもの。

そしてこれこそが、遺品の中でも最大の謎なのだ。




   BACK   NEXT