親子


その愁馬は1人で街を歩いていた。

どこに行くでもなくただ1人。周りは見えていない。

ただ、問いかけだけが頭の中に響く。

(いないほうがいいの?僕がいると、瑞樹さんは困るの?
 彩華月愁馬、、、、、僕は、、、)

不意に、ドンと誰かにぶつかった。

「どこ見て歩いてる」

「あ、ごめんなさい」

その声で我に返った。

「あ、、、、れ、、、、」

陽はすでにくれ、夜になっている。

そして、自分がどこにいるのか判らなくなっていた。

人通りは少なく、住宅街からは外れていた。

自分と同じような子供の姿は見えない。

(どうしよう、、、、、誰か)

愁馬は灯りの多い方へと走り出した。

 

その近くの大通り。カラカラと音を立てて馬車は進む。

「よかったのか、途中で抜けて」

「予め断りは入れてある。
 演目は悪くないけど、あの人のお喋りは長いからな」

馬車の主はカーネリア・クロシェ。こちらも名門貴族である。

そして隣にいるのは、カーネリア付き筆頭執事のリシャール。

通常ならありえない口の利き方だが
2人だけの時はカーネリアも認めている。

夕方から他家の招待でオペラ鑑賞に出ていた。

そしてオペラの後の晩餐会は丁寧に断りをいれ、帰る途中だった。

「ん?あれは、、、、、」

「カーネリア?」

「止めろ」

リシャールは御者に停止の合図を入れた。

「どうした」

「愁馬、どうしてこんな所に」

外を見ていたカーネリアは1人で歩く愁馬を見つけた。

「瑞樹さんの家の愁馬だ。降りるから馬車を寄せておいてくれ」

「(瑞樹、、、、彩華月の)判った」

カーネリアは、愁馬が人の向こうに消えないうちに追いついた。

 

「愁馬」

ぴくと、愁馬は一瞬背を震わせ足を止めた。

「、、、、、カーネリアさん?」

「この時間に子供が1人で歩くような場所じゃないよ。
 瑞樹さんかファルアと一緒じゃないの?」

「、、、、えと、、、」

「まさか、本当に1人?」

愁馬は小さく頷いた。

愁馬が黙って屋敷を出てきたとは思わず、途中ではぐれたのだと考えた。

「はぐれたか。捜してるとは思うけど、送るよ。
 瑞樹さんのほうも、屋敷に連絡は取るだろうし」

「あの、違うんだ。僕、、、、、」

「愁馬?」

黙って出てきたとも言えず、愁馬はきゅっと手を握る。

事情は判らないが、少なくとも今は帰りたくないのだろう。

かといって、このまま1人にはできない。

「乗って。帰りなくないなら、ひとまずは僕の家に来ればいい」

「カーネリアさん」

「ここに1人にもできないしね。でも、何があったのか話してくれる?
 ずっと僕の家にいる訳にもいかないよ」

愁馬が相手でも、カーネリアには厳しさがある。

それもまた、名門を背負う故。

そして愁馬は愁馬で、今他に頼る相手がいないことも判っていた。

「うん、、、、、」

カーネリアは愁馬を連れて馬車に戻った。

扉の前で待機していたリシャールは、愁馬に手を貸し先に上げる。

「足元お気を付け下さい」

「ありがとう」

最後に自分が最後に乗り込み出発の合図を送った。

 

馬車を急がせ屋敷に到着。クロシェの使用人も、付き合い上愁馬の顔は知っている。

一緒にいることに内心疑問は浮かぶも、表に出すことはない。

「お帰りなさいませ」

「僕の部屋に案内して。それから飲み物を」

「かしこまりました」

「愁馬、すぐに行くから部屋で待ってて」

「、、、、ごめんなさい。急にこんなこと」

「気にしなくていいよ」

ぽんと、頭に手を乗せメイドを促した。

自分はそのままリシャールを連れて書斎に入った。

瑞樹宛に封書を作る。

「これを瑞樹さんに。いなかったらファルアだ。
 2人揃って屋敷を空けることはないだろうから」

「屋敷の人間に何も言わず出てきたのか?」

「はっきりとは言わないけど、そうだろうな」

「この時間でいないとなれば、向こうも騒ぎになってるだろう。
 正式に養子にはしてないとしても、世間は彩華月の一員だと見てる。
 下手にゴシップ新聞にでもかぎつけられたら」

「だからだ。警備隊に駆けこまれる前に渡せ」

「ああ、判ってる」

万が一、暇を持て余してるような道楽貴族の耳に入れば
どんな尾ひれがついて噂になるか判らない。

封書を手にリシャールは部屋を出た。

 

彩華月邸。捜索に出していた人員を一度戻し、状況を聞いた。

「手掛かり無しか、、、、」

静まり返った部屋には時計の音だけが響く。

「ファルア、警備隊に連絡を入れてくれ」

「父さん」

「いいな、瑞樹。我々だけでは限界だ」

「ああ、、、、父さん、愁馬はここに戻ってくれるかな」

ふと、不安が口をついて出た。

「愁馬の為だと思って引き取った。その気持ちは今でも変わってない。
 でも、結局は愁馬を傷つけたんだとしたら」

「今突き放すなら、お前の自己満足に過ぎなかっただけのことだ」

いつになく厳しい言葉を向けた。

「父さん、、、、」

「今優先するべきなのは何か、それも判らなくなったのか?
 愁馬の口からここを出たいと聞いたのではないのだろう。
 自分の感情を愁馬に押し付けるな」

「、、、、、、」

「これからのことが簡単な問題でないことは判っている。
 愁馬を大切にしたいのはお前だけじゃない。私だって同じだ。
 瑞樹、お前が愁馬を想うように子を想わない親などいない」

「、、、、、、」

「私も一緒に考える。愛してる、大切な息子の事だからな」

「、、、、ありがとう」

「ファルア、行ってくれ」

「はい」

一礼し部屋を出ようとしたファルアより一足早く、メイドが扉を開けた。

「あ、あの、クロシェ様から使いが」

「クロシェ、、、、、まさか」

真っ先に飛び出したのは瑞樹だった。

玄関先で待つリシャールが感じたのは、屋敷に漂う緊張感だった。

(全体に感じる。あの子は、この屋敷で大切に思われてるってことだな)

封書を手に待つリシャールの元に瑞樹が駆け寄る。

「リシャール」

「夜分に失礼致します。こちらをカーネリア様より預かりました。
 瑞樹様にお渡しするようにと」

「一つ訊きたい。愁馬がそっちに行ってないか」

「はい。当家にいらっしゃいます」

「、、、、、よかった」

「瑞樹様!?」

ふと力の抜けた瑞樹をファルアが支える。

「お一人で街を歩かれているところをカーネリア様が目にとめられ
 ご一緒になりました。
 詳しいことは、こちらの封書でお伝えするとのことです」

(カーネリア様とご一緒か。クロシェ様のお屋敷なら安心だが、、、、
 ここに直接送り届けられないのは、やはり、、、、)

戻りたくないと、愁馬が言ったのだろうか。ふと、過る。

「お待ちしますので、中を改めて下さい。
 皆様からお伝えすることがありましたら、御預かりします」

「瑞樹様、御部屋の方に。リシャール殿、少しお時間を」

「判りました」

メイドにリシャールを案内させ、メイド頭に目配せをした。

それで察したミュゼットは使用人を下がらせる。

「瑞樹様」

「ああ、、、、、」

封書を持つ手は、微かに震えていた。













  
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