妙薬


迦螺霧に案内され、弥杜と美海が部屋に入った。

「こんにちは」

「こんにちは。弥杜さんと美海さんも一緒ですか?」

「はい」

「椅子が足りないか」

「美海は私の上で大丈夫ですよね」

「うん。大丈夫」

弥杜は頷き、テーブルに小さな瓶を置いた。

「座らせてもらいます」

椅子に座り、膝に美海を乗せる。

「お待たせしました」

「これがその薬ですか?」

「乾きを感じた時に飲めば
 抑えられると考えていいのか?」

「基本はそれでかまいません。ですが無にはできない。
 かといって、乾くたびにその薬では
 そのうち物足りなくなって、逆に悪循環でしょう」

「では、どう使うのがいいんですか」

「回数を減らすということです。
 全体の半分はその薬にするといった形で。
 牙を立てなくてもすむようになれば最善でしょうけれど
 私がお手伝いできるのは、ここまでです」

僅かであっても今より楽になれるのなら
以上を望みはしない。

「回数が減らせるだけでも楽になります。
 本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

「心から礼を言うぞ」

「里にまで足を向けた甲斐があったわね」

美海の言葉に反応したのは迦螺霧だった。

「里に行ったのか。随分様変わりしていたろう」

「郊外ですから、街中の様子がわかるところまでは
 近づいていません。
 私が歩いた範囲では、誰にも会いませんでしたね。
 風の音しか聞こえなかった」

「時がすぎ、人が変わっても吹く風は同じか」

木々をざわめかせる風の音が、耳元をかすめた。

「ともあれ、こうして会えたのだ。また足を向けてくれ」

「僕たちが役に立てることは少ないと思いますけど
 その時は言って下さいね」

「じゃあ、弥杜とご飯食べに来ます」

「一応は酒場だから、、、、美海さんは危なくないかな」

「客は船乗りが多くなりますからね。
 悪気はないのだろうけれど
 小さな子供は珍しがられるかもしれませんよ。
 まず美海さんのようなお客は見ませんし」

からむ客はいないだろうが
物珍しさの視線が向くことは想像できた。 

足を運んでくれたのに
それではかえって気分を悪くさせると思ったのだが
美海は笑顔のままさらりと受けた。

「大丈夫です。弥杜がいるもの」

「ええ。守りますよ」

弥杜もまた、迷うことなく返す。

「わかりました。
 店で一番評判のいい料理を用意します」

「甘いお菓子とか、出来ますか?」

「希望の物があれば先に教えてください。
 特別オーダーで作っておきますよ」

「本当ですか?そしたら」

考えを巡らせ楽しそうな美海を
弥杜が優しく見ている。

美海と弥杜もまた、妖しの里を出て2人寄り添い
生き抜いてきたのだろう。

白竜はそんな2人に自分たちの影を重ねていた。





そして数日後。

「兄さん、あれからどうですか。顔色とか」

「見ている限り、調子の悪い様子はないな。
 お前のほうへの求めはどうだ」

「減ってきてます」

「では、、、、」

安堵からの微笑みを浮かべて蛍雪は頷いた。

「弥杜さんの薬、効いてるんだと思います」

「そうか、よかった」

「迦螺霧さん、ありがとう」

「礼なら、私ではなく弥杜だろう」

「弥杜さんと美海さんにはもちろんだけど
 迦螺霧さんがいなければ、知り合うこともなかった」

「私はお前たちのためになることなら、何でもする。
 当たり前のことだし、そのためにいるんだ。
 役に立っているのなら、嬉しいよ」

迦螺霧はそっと触れた。

共に暮らし始めてから、時折夢に見る光景がある。

それは決して叶わない、自分には過ぎた望み。

わかってはいるけれど。

「ここに、彼女がいたら、、、、。
 一時でも親子4人で暮らすことが出来ていたなら」

「迦螺霧さん」

「叶わない、この身に過ぎた望みだとわかってはいる。
 だが、夢は夢の中でだけ叶うんだ。
 目覚めは、いつも苦い」

「、、、、、」

「すまない。親などいえた私ではないのにな。
 忘れてくれ。新しいお茶にしようか」

「迦螺霧さん、待って」

「、、、、、」

ゆっくり歩みを進めた蛍雪は、迦螺霧の背中に触れた。

「見せてくれませんか、あなたを」

振り向いた迦螺霧は手を重ねた。

蛍雪の前に姿が浮かぶ。

蛍雪は迦螺霧を抱きしめた。

「僕は父さんと暮らしてるって思いたいです」

「蛍、、、雪、、」

「時間はいる。特に兄さんには。
 いつも僕の前に立って、僕を庇ってくれた。
 どんな批難も、厄介者を見るあからさまな視線も
 全部兄さんが受けてくれました」

「、、、、、、」

「でも、兄さんと話したんです。
 いつか呼べる日がくる。そう信じられるって」

「、、、、許してくれるのか?お前も白竜も」

「許したいから、迦螺霧さんも謝りすぎないでくださいね」

絡んでいた何かが静かに解けていく。

「ありがとう」

白竜と蛍雪のために。

迦螺霧は、その誓いを改めて心に刻んだ。






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