妙薬


「いいお天気」

空を見上げ、美海は大きく背伸びをした。

「久しぶりに晴れたわね」

「ええ」

「あ、、、、」

「美海?」

「白竜さん」

美海の指示した方を見れば
買い物袋を抱えた白竜の姿があった。

白竜も2人に気づき歩みを寄せる。

「こんにちは」

「こんにちは。どうぞ」

美海は弥杜の膝の上に乗った。

「すみません。お邪魔しますね」

「あれからどうですか」

「おかげ様で、だいぶ楽になりました。
 蛍雪も私も、本当に感謝しています」

「自分に出来ることをしたまでです」

双子はもちろん、迦螺霧も荷が下りるだろう。

これで少しは、返せたかもしれない。

「迦螺霧も安心したでしょう」

そう言う弥杜も、ほっとしたような表情を見せた。

(里を出た後のことは知らないだよな。
 じゃあ、同じ妖しに討たれたことも知らない)

迦螺霧と弥杜はどういう知り合いなのだろう。

迦螺霧の最後を知りたいと思うのだろうか。

「迦螺霧さんとは、どういう知り合いなんですか」

「それは、、、、」

あの里では、自分もまた一部の妖しにとって
受け入れられない存在だった。

交換の贄として差し出された者は
どんな目に合ってきたか、わからない。

距離を置く者もいる中で
最初に『お帰り』と迎えてくれたのが迦螺霧だった。

「人里と妖しの里の間で、人質の交換が
 行われていたのは知っていますか」

「人質ですか?」

「交代で送り出し、無事に返せば争いは起こさない。
 そんな危うい、一本の細い糸が見せかけの
 安定を保っていました。
 最後は、人里がその糸を切ってしまいましたが」

「初めて聞きました」

「私は人里に送り出された贄の一人。
 戻った私を、快くは思わない妖しもいました」

「どうしてですか。
 見せかけでも一応の安定があったのは
 あなたのような人がいたからでしょう。
 感謝こそすれ、疎ましいだなんて」

「無事に帰りさえすればいい。
 逆に言えば、送り出された地でどんな扱いをされようが
 文句は言えない。そういうことです」

「、、、、、」

人と妖しの争いはどれほどの涙を生んだのだろう。

「もちろん、送り出された地でどう過ごすかは
 時々によって違います。
 迦螺霧は、戻った私に最初にお帰りと言ってくれた。
 その言葉が、どれだけ私を楽にしてくれたか。
 迦螺霧がいなければ、人も妖しも憎んでいたでしょう」

「言葉1つで、か」

「言葉1つで、傷つけることも救うこともできるわ。
 取り返しがきかないから難しいものだけど」

自分の言葉は、迦螺霧にとって救いになるのだろうか。

父と呼べたなら。

「時間は必要でしょうけれど
 あなた方と迦螺霧のこれからが、互いにとって
 よりよいものになるよう願っています」

ベンチを立った弥杜は美海を抱きあげた。

「では、私たちはこれで」

「また、ご飯食べに行きますね」

「いつでもお待ちしています。
 本当にありがとうございました」

小さくなる美海と弥杜の後ろ姿に深く頭を下げて
白竜も歩き出した。







「上手く効いてよかったわね」

「どんなに高価な薬も
 本人の心持と噛み合わなければ作用しない。
 病は気からと、よく言ったものです」

「弥杜の薬はいつだって重宝されたじゃない。
 名薬だって」

「薬も手を加えれば毒にだって化ける。
 私が思うに、薬は得てして妙な物ですよ。
 さて、今夜は何にしましょうか」

「木イチゴ食べたい。
 この前買い損ねたもの」

「いつものお店に寄ってみましょう」

変わらぬ風景の中で
それぞれの日々が過ぎてゆく。

生き交う人々の間を優しい風が流れていった。


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