




四重奏 〜 カルテット 〜
オーナー交代の一件が決着し、凪は経過を舞夢に伝えた。
「瑞樹さんがオーナーに?」
「ああ。瑞樹さんもカーネリアさんも、職人のことまで考えてくれてる」
「一番いい形に落ち着いたみたいね。よかった」
確かにオーナーとしての2人に不満はない。
だが凪は、カーネリアの
『誰かに頼りたいできるなら』という言葉が離れなかった。
クロシェの次期当主という肩書がついてまわるのは仕方がない。
なのに、誰にも頼らずクロシェの名を背負っているのだろうか。
独りで。自分よりも年下だろうに。
「金持ちじゃなくてよかった」
「なに、それ」
唐突に思える言葉に、舞夢は聞き返した。
「確かに家は貴族階級ってわけじゃないけど」
「いや、うちがどうじゃなくてさ。
カーネリアさん見てると、貴族の肩書は重いものなんだなって」
「、、、、、」
「俺よりも年下なのに
誰かに頼るとか甘えるとか、自分から拒否してる。
しっかりしなきゃ、クロシェの名前を守らなきゃって
常に気を張って。それって、疲れないのかなって」
「クロシェのご子息じゃ、家に連れてくればとは言えないけど
そう思うなら、気にかけてあげなさい。
瑞樹さんを通してでも、元気にしてますかって
声がかかるだけで、きっと違うわよ」
「、、、、そうだな」
工房のオーナーと職人以外の繋がりを、凪は持ちたいと思った。
同じことで笑い合える。そんな日を。
「そうだ。あたしのほうも決まったわよ。仕事」
「何処なんだ」
「通りの仕立て屋さん。あそこのお手伝い」
「歩いていける距離か」
「時間の融通もきかせてくれるそうだから、夕食前には戻るわ」
「何できるか想像つかなかったけど
裁縫は昔から好きだったもんな」
「まあ」
「けど、外で働くの初めてだろう。無理するなよ」
「ええ。ありがとう」
他愛のない会話を続けながら、凪はふと思う。
カーネリアや瑞樹は、こんなふうに家族と会話をするのだろうかと。
何があれば、どんな環境にいれば人は幸せといえるのだろうか。
家族がいて、信頼できる仲間がいる。
凪は、そんな今を大切に抱きしめた。
「あの御2人がオーナーに」
「そうなんだ」
紅響もまた、この結末には驚くだけだった。
「このような形で繋がるとは、思いもしませんでしたね」
「瑞樹さんの言った通りかもしれない。偶然は必然だって」
「ともあれ、フィエラにとってよりよい形で落ち着いたのでしょう。よかった」
紅響は自分のことのように嬉しそうだった。
そしてこんなことを言い出した。
「フィエラ、キエヌにはお礼参りという慣しはありますか」
「お礼参り?」
「はい」
どういうことを指すのか、フィエラには思いつかない。
「何をするの?」
「願い事を立て、その願いが叶った時に参詣するような場所が
キエヌにあればと思って。どうでしょう」
願いが叶う。一つ、思い浮かんだ。
少し意地悪かもしれないと思いつつ、逆に訊いた。
「何を願ったの」
「え、、、あの、個人的なことです。大したものでは」
やはり、紅響は教えようとしない。
「その願い事教えてくれたら、僕も教える」
「そんな、、、、意地悪ですよ」
「だって、僕が思った通りならお礼いいたいもの」
「ですから、、、、あの、、、」
やはり自分のことなのだと、礼を言おうとしたフィエラだったが
その前に紅響は言った。
「聞かなかったことにしてください」
「え、紅響?」
紅響はそのまま背中を向ける。
「待って、ごめん。意地悪するつもりじゃ」
追って踏み出したフィエラの足元で、くいと何かが引かれた。
そして、紅響が視界から消えた。
「紅響!」
「う、、、、」
裾を踏まれ前のめりに倒れた紅響がうめいている。
「ごめん!ぶつけてない?大丈夫?」
抱き起した腕の中で、残った片目を押さえていた。
「そんな、、、、病院行こう。そのままでいいから」
「フィエラ、、、、」
フィエラを探して紅響の手が伸びる。
「あ、、、僕が、、、、」
その腕を引き、力いっぱい抱きしめた。
「ごめん、絶対に離れないからね。とにかく医者に」
「、、、、大丈夫です」
「紅響?」
「一瞬だけだったようで、戻りました」
「本当?見えてる?」
「ええ」
「よかった、、、。でも、ゆっくりね」
立ち上がった紅響に手を貸そうとしたとき
「え、紅響?」
「フィエラ、わたくしの願いはあなたが傷つかないこと。
あなたが傷つく結果にならないよう願ったのです」
紅響の腕の中、耳元で囁かれる言葉。
「わたくしは一度死んだと同じ事。
この身命、フィエラのためなら惜しくはありません」
「紅響、、、、、、」
近いのに、夢の中で聞こえているように遠い。
そしてあたたかい。
紅響は腕を解いた。
「お仕事、頑張ってくださいね。すみませんが、先に」
「う、、、うん、、。あ、さっきの」
「わかりました。お休みなさい」
「、、、、お休み」
静かに扉が閉まった。
「ありがとう、、、、、」
紅響は自分に助けられたという。だが、自分も助けられているのだ。
紅響の強さ、優しさは、守りとなってフィエラを包んでいた。
「願い叶いましたこと、心より感謝いたします」
願いをかけた月に、紅響は静かに祈りを捧げる。夜は静かにふけていった。