天空に捧ぐ花束

仕事に戻った次の日。ケイオスはハンナの店に足を向けた。

「こんにちは」

「ケイオスさん。退院なさったんですか」

「ええ。昨日から仕事に戻りました」

「傷の具合は」

「ゆっくり休ませてもらいましたから、大丈夫です」

「よかった」

自分のこと以上に安堵感を覚え、ハンナは胸をなでおろした。

「花束、ありがとうございまいした」

「兄さん、ちゃんと渡してくれたんですね」

「長官が、あなたのお兄さんだとは思わなかったけど」

「御迷惑おかけすることもあると思いますけど
 よろしくお願いします」

「それで、、、、、あの」

「はい」

ケイオスは、心の中でかの人の名前を呟いた。

今までと同じように花束を届けても文句がくることはない。

喜んでいると信じればいいだけだ。

だが、ケイオスが選んだのは別の答え。

「いつもの花束、お願いできますか」

「え、、、、、」

ソプレーゼが来たことを、ケイオスは知らないのだろうか。

いや、頼まれたとソプレーゼは言っていた。

それに月命日は過ぎている。

迷ったが、ハンナはソプレーゼが来たことを告げた。

「あの、ソプレーゼさんがいらして
 あの花束を届けられたと思います」

受けたケイオスは微笑んだ。

「来てくれたんですね。その分とは別にお願いします」

「別ですか?」

「、、、、、ハンナさんに一緒にきてもらいたくて」

「私?」

ハンナの中でいくつも疑問符が浮かぶ。

あの花束を持っていくのなら向かう先は墓前だろう。

どうして自分の名前がでるのかわからないが
ケイオスにとって意味があるのならと、ハンナは頷いた。

「わかりました。少し待ってください」

ハンナは店の奥に入り、ほどなく戻ったきた。

「ありがとう。じゃあ、お願いします」




 


思った通り、向かった先は墓前だった。

ケイオスは花を置くと、黙ったまま墓標と向かい合った。

口には出さなくても、2人の間で言葉は交わされているのだろう。

静かに時間が流れ、ケイオスはハンナのほうを向いた。

「もう少し、時間ありますか」

「はい」

2人がやってきたのはキエヌを見渡せる丘。

ケイオスは懐かしそうに眼下のキエヌを眺め、こう言った。

「今日で最後にしようと思います」

「ケイオスさん」

大切な人と、ソプレーゼの想いを知ったケイオスが出した答え。

昔話を自分が聞いたことは黙っていたほうがいいだろうと
ひとまずは聞き役に回ることにした。

「ソプレーゼが見舞いに来てくれた時に花を頼んで
 どの花を届けてるんだって訊かれました。
 その時にようやく気がついた。
 私は、その花の名前を忘れていたんです」

「、、、、、、、」

「何も言わなくてもあなたが綺麗に作ってくれた。
 いつの間にか私はあなたに甘えて。
 贈った当人が名前を忘れている花なんか
 喜んではいないでしょう」

「でも、欠かさずに足を運んでくれるだけでも嬉しいと思います」 

「優しい人ですね。あなたは」

「だから、最後になんてしないでください」

「いえ、これはこれで私なりのけじめなんです」

「、、、、、、、」

「大切な人。変わりはしないし、忘れるつもりもありません。
 でも、少しずつ思い出に変えていきたい。
 彼女が私に対して望んでいるのは、花束ではなく
 きっとそういうことだと思うんです」

自分の出した答えに迷いはないのだろう。

ケイオスは霧の中から抜け出てきたようなそんな顔だった。

きっと、それを誰かに聞いて欲しくてこの場所にきたのだ。

「ケイオスさんがご自分で納得できたのなら、きっとそれが最善なんですね」

だがこれであの時間は無くなってしまう。

見かけたときに声をかければいいだけなのだが
ハンナは少しだけ寂しくなった。

それでも、ケイオスと話せるようになったのは
ケイオスの大切な人のおかげといえる。

ハンナは心の中で小さくお礼を言った。

「それで、、、、あの」

「はい」

「花を買わなくても、お店に寄ってもかまいませんか」

「、、、、、、え?」

カシュトゥールの前ほどではないが
ケイオスは鼓動が大きくなるのを感じ視線を外した。

そのまま待っていたのだが返事はない。

「迷惑だったら、、、、それはそれで」

「い、、、いえ、、、、少し驚いただけで」

ハンナも戸惑いながら返した。

だが、戸惑いよりも嬉しさのほうが大きい。

「そう言っていただけると嬉しいです。お待ちしています」

「ありがとう」

ハンナはキエヌに目を向けた。

降り注ぐ陽の光を受け、町は美しく輝いた。

「キエヌ、、、、、こんなに綺麗な街だったんですね」

「大勢の人たちの様々な思いを包み見守っている。
 ここから町を見ていると、守りたいと思うんですよ」

ここから見るキエヌが一番好きだと言った。

笑った顔。明るい声。時には怒った顔も。

これでいいと、納得したつもりだった。だが、残像はまだ苦しい。

「あ、、、あの、ケイオスさん」

「、、、、、すみません。少しだけ、このまま」

ケイオスは背中からハンナを抱きしめていた。

「、、、、、嫌な男ですね、私は。
 亡くした恋人の墓前に付き合わせたあげく、こんなこと」

「、、、、、いいえ」

「でも、誰かに聞いて欲しかった。
 その時、あの花を抱いたあなたが浮かんだんです。
 あたたかい、、、、、あなたが」

「、、、、、あの、このまま聞いてください」

「ハンナさん?」

「ソプレーゼさんから聞きました。
 先に告白したのはソプレーゼさんだったこと。
 相手の方の、ケイオスさんのための最後の嘘も」

「、、、、、」

「すれ違っていた想いが、やっと繋がった。あたし、そう思うんです。
 本当の想いを知って、けじめをつけたいっていう気持も
 きっと認めて受け入れてくれるって」

「ハンナさん、、、、、」

穏やかな風が吹き抜けた。

「この風のように、優しく背中を押してくれる」

「ありがとう」




 












言葉ないまましばし。ケイオスは、そっと腕を解いた。

「ここまで来てくれて、ありがとう」

「、、、、あの、おせっかいだとは思うんですけど」

「何ですか」

「ソプレーゼさんとは仲直りしてくださいね」

「私が怒鳴り返したことも、聞いてるんですね」

退院してから、ソプレーゼとはまだ会っていない。

顔を合わせずらいのが正直なところだったが、今なら言えるだろう。許すと。

「あいつとは、これからも友人でいたいと思っています」

「よかった」

「遅くなっても悪いですね。そろそろ戻りましょうか。、、、、本当に、ありがとう」

ハンナは微笑んで頷いた。

あの頃の風景を優しく抱いて、ケイオスはハンナと2人丘を後にした。

 


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