



Crossing Road
夜。2人が入ったのは白竜の店だった。絽帆は常連で前のオーナーも知っている。
天候のせいか、時間のわりには客が少なかった。
「やっぱり少ないか」
「港近くの酒場なんてこんなもんさ。客の大多数は船乗りだからな」
「前から思ってたけど、店員も少ないよね。こんなもの?」
「いや、、、、言われば、白竜がオーナーになって減ったな」
改めて思うと、白竜がオーナーになってから店員が減った。
今日も変わらず、白竜がテーブルの間を歩き回っている。
そのうちに、白竜の足が絽帆たちのテーブルに向いた。
「いらっしゃいませ。お決まりですか」
「ペイシャスがあれば頼みたいんだが」
「初物が入ったばかりですよ。デカンダにしますか?それとも」
「フルボトルで」
答えたのは虎丞だった。
「今年のペイシャスはアルコール高めで作ってありますよ。
お2人でフルボトルは」
「大丈夫だよ」
絽帆が虎丞を連れてくるのは初めてではないし
会計を見れば相当量の酒を空けているのはわかる。
だが今年のペイシャスは別格だ。
白竜は絽帆を見た。
絽帆からは諦めの意味でため息が落ちる。
「言っても無駄だ。フルボトルでいい」
「保護者の許可も出たことだし、フルボトルでお願い」
「では、ボトルキープにしておきましょう」
「そのほうが助かるよ」
「今夜中にはなくなるんだから無意味だと思うけど」
「ボトルは逃げませんから、ゆっくり楽しんでください。
他はどうしますか」
「ペイシャスだけ先に頼む。後は考えておくよ」
「わかりました」
軽く頷いて白竜はテーブルを離れた。
「いつから保護者だ」
「何言ってるの。僕を捕えたのは絽帆だよ。
忘れたなんて言わせない」
「、、、、、、」
あの日からどれだけ時間がすぎたのだろう。
平凡な日常に見えても
虎丞にとっては囚われ人でしかなかったのだろうか。
「せっかく初物のペイシャスなんだから
気をそぐようなこと言わないでよね」
虎丞は視線を落とした。話を切るように。
そこにペイシャスが運ばれてきた。
「お待たせしました」
「いい色。当たり年っていうのは本当みたいだな」
「ええ。色も濃いし、香りもいいですよ。
絽帆さん、どうかしました?」
「、、、、、いや、何でもない」
「、、、、、」
「どうぞ、ごゆっくり」
「あ、マスター」
離れようとした白竜を虎丞は呼びとめた。
「マスターはキエヌ長いの?」
「え、、、、」
「絽帆はここでしか飲まないみたいだから
オーナーとも古い友人なのかなって」
「いえ、絽帆さんのほうが古いですよ。前のオーナーとの縁で」
「元々は前のオーナーと気があったんだ。
それでここを使ってた。
初めは給仕の一人だったよな」
「はい」
「前のオーナーから白竜に店を譲るって聞いて
話を始めたのはその頃からだけど
友人っていうよりも
なじみの客っていうほうがしっくりくるかな。今のところは」
「そうですね。でも、弟のことも気にかけてもらっています」
「弟さんがいるんだ」
「はい」
「だったら、弟さんにも手伝ってもらったら、お店。
今日は少ないみたいだけど、混んでる時は忙しいでしょう」
「虎丞、それくらいにしとけ」
「どうして、別に悪い事じゃ」
「弟は目が見えないんです」
「え、、、あ、ごめん」
知らないとはいえ踏み込みすぎたかと、虎丞は声を落とした。
「いえ。まあ、それもあってあまり外には出ないんです。
夜は店がありますし
その前も仕込みだ何だで時間はとられますから。
かまってやれない分は、辛い思いをさせていると思います」
別の声が白竜を呼んだ。
「すみません、これで」
「足止めして悪かったな」
「気にしないでください。他の御注文はどうしますか」
「と、悪い。まだ」
「でしたら
ひとまず毎回注文いただいている分お持ちしますね」
「ああ、そいつで頼むよ」
「はい」
返した白竜は呼ばれたテーブルへ足を向けた。
「弟さんのこと、心配でしかたないんだろうね」
「何を差し置いても守りたい。そう言ってる」
だが、言葉のわりには他者と距離を置いている気がする。
話が自分たちことや昔話になると、さりげなくありきたりな世間話に戻すのだ。
とはいえ、自分も人里からキエヌに流れた身。
白竜たちのことをとやかく言えるものではないだろう。
「さて、冷えてるうちに飲もうか」
「無理に飲むなよ」
「わかってる」
ボトルが開いた。芳醇な香りがふわりと立つ。
「文句なく当たりだね」
「ああ」
2人はしばし、ペイシャスを楽しんだ。
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「ふふ、、、、おいしかった」 「飲みすぎてないか?」 「何度目?それ」 結局ボトル一本空けてしまった。3分の2は虎丞で残りが絽帆。 少し風に当たりながら家路についていた。 いつもなら顔色ひとつ変えない虎丞だが 酒を飲んだ後だとわかる。 先を歩いていた虎丞が、くるりと向きを変え引き返してきた。「もしかして飲み足りなかった? 「いい。十分飲んだ」 「つまんない。うわ」 「おい」 足元の小さな段差に躓いた虎丞を受け止める。 「足元ふらついてるだろう。とっとと帰って寝るぞ」 (、、、、優しくならないでよ。僕は、、、) 離れなれなくなってしまう。 虎丞はどこか後ろめたかった。 人里にいた人間に助けられ平穏に生きている今が。 一方で、今を望んでいる。虎丞はそのまま身体を預けた。 「どうした。気分でも悪くなったか」 「ペイシャスに酔って、こんな気分のまま 「、、、、、」 「今なら、、、、絽帆にありがとうって言える気がする」 「、、、、酒が入って、そんな気になってるだけだろう」 「、、、、ほんと、素直じゃないね」 少しむくれて顔を上げた。 目の前には、どこか寂しげな絽帆の顔があった。 子供をあやすように、ぽふと虎丞の頭に手が乗る。 「帰るぞ」 (僕が求めているのは、一体何) 答えを求めるように |
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