



Crossing Road
そして年月が過ぎた。
「ずいぶん早いな」
「悪い?」
絽帆がリビングに入ると、すでに虎丞の姿があった。
たいてい昼近くまで起きてこない虎丞にしては珍しい。
「季節外れの嵐でもくるんじゃないか?まだ朝だぞ」
「、、、、ほんと、性格変わらないね」
「そっちもな」
絽帆と虎丞の奇妙な共同生活は続いていた。
絽帆にしてみれば
黙って姿を消したところで追いかけるつもりもなかった。
しかし虎丞は留まった。
絽帆の影を背負ってあてなく彷徨うより
見えない枷で囚われる生き方を選んだのだ。
人並みの扱いは諦めていた虎丞だったが
動けるようになってからは痛みを与えられることも
無茶な要求もなかった。
キエヌで2人、平凡な日々を過ごしている。
「虎丞、ここ何日かで人を襲ったか?」
「な、、、、」
唐突な問いに、外していた視線を戻した。
あの日から人を手にかけてはいない。
絽帆と暮らし始めてから、不思議とその気が失せていた。
この問いも、絽帆からは初めてだ。
疑うような何かがあったのだろうか。
「そう思う何かがあったの?」
「先に答えろ」
「襲ってない」
即答だった。
「なら、他にもいるってことか」
「他に?説明してよ。
僕の他にも妖しがいて、人を襲ってるっていうの?」
「新聞、全然見てないのか?こんな記事があるんだよ」
ここ数日、同じ事件が紙面を賑わせていた。
明け方近くの路上で若い女性が倒れている。
何故か記憶の一部が抜け落ちており
首筋には牙のような傷跡が残っていると。
「、、、、、」
「牙の跡だけだったら似たような傷は残せるかもしれない。
だが、記憶を消すなんて普通の人間には無理だろう。
それも複数だ。本当にお前じゃないんだな」
「僕じゃないよ」
「そうか。これをどう解釈する」
「それは、、、、妖しだと思うさ。妖しを知っていれば」
妖しがこのキエヌにいる。そして昔の自分と同じことをしている。
殺めていないだけ自分よりはましかもしれないが。
「どうするの」
「別に何もしない。向こうが襲ってきたら別だが」
「その時は僕みたいに」
「これ以上同居人を増やすつもりはない」
「、、、、、」
それはつまり、討ち取るということだろうか。
もしも相手の力が絽帆よりも上で、倒れたのが絽帆なら自分も。
「会わないことを願ってるよ」
「こればっかりは運命だ」
運命−さだめ−。
それは知らない誰かによって創りだされるものなのか。
それとも自分で創りだせるものなのか。
(僕の場合は絽帆の手の中か)
虎丞はボトルとグラスを取った。
絽帆は横目で呆れながら見る。
「酒が水代わりってのは、どういう体質なんだ」
「昔からこうだよ」
朝から酒を飲む虎丞に最初は驚いたが
暮らしてみると単純に水の代わりとして飲んでいた。
酒に酔った様子も見せず淡々と空ける。
「そろそろペイシャスの時期だっけ」
「ペイシャスか。出てる頃だな」
ペイシャスは花の蜜から作る酒で、出回る時期は短い。
飲みやすいこともあって人気のある逸品だ。
「今年は当たり年らしいな。行ってみるか?」
「おごってくれるなら」
「安くはないんだからな。ほどほどにしてくれよ」
「覚えてたらね」
(まったく、、、酒代いつか倍にして返せ)
一人増えたのだから出費も増えるのはしかたない。
だがその中でも酒に使う金額は飛び出ていた。
いくらの請求に相当するか。絽帆はそんな計算をしていた。
|
海の男達が集う港の酒場。 軒を連ねる中の一つを営む白竜も、同じ記事を目にとめていた。 「違うよな、、、、私は」 新聞を放した白竜の手は、無意識でのど元に触れていた。 静かに扉が開いた。入ってきたのは弟の蛍雪。 「兄さん、いる」 「ああ、いるよ。おはよう」 「おはよう」 蛍雪は足元を探りながらソファーに座った。 「蛍雪」 「ん?」 「ここ何日かで変わったことないよな?」 「変わったことって、、、僕が気づける範囲ではないと思うよ」 「そうか」 「何か気になるの?」 「いや、、、、」 蛍雪の目は光を失っている。その分音には敏感だ。 白竜の言葉は否定だったが、声音は肯定だった。 (僕じゃ、力にはなれないこと?) どうしても蛍雪は白竜にい頼る部分が多くなってしまう。 そしてこの町で生きていくためには それが自分たちの宿命。 お互いわかっているから、これ以上は踏み込まなかった。 「少し寒いね」 「厚い雲がでてる。雨にはなっていないけど」 太陽は厚い雲の上。町はまだねむっているようだった。 「お客さん、少ないかな」 「そんな日もあるさ。食事にしようか」 「うん」 風が黒雲を押し流す。そんな一日の始まりだった。 |
![]() |
![]() |