パンドラの箱(W)

翌日の昼下がり。

「いらっしゃいませ」

店に入ると同時に愁馬の元気のいい声が届いた。

「こんにちは。昨日はありがとうございました。隣がアントワネットです」

「初めまして。甘いもの嫌いじゃなかったらこれ食べてね」

「ありがとう。瑞樹さん呼んできます」

奥に入り、暫くするとお茶を持った愁馬と瑞樹が姿を見せた。

「ルディがお世話になりました」

「なに、たいしたことしてない」

「どうぞ。瑞樹さん、これ」

愁馬が見ているのはアントワネットからの差し入れ。

「もらったもので申し訳ないけど、よかったらどうぞ」

ルディとアントワネットは顔を見合わせた。

「そうでもしないと、愁馬が全部平らげそうだしな」

「そんなに食いしん坊じゃないよ」

「そうか?食べすぎで寝込んだの誰だった?」

「、、、瑞樹おじさ、ふが」

「ま、そういう訳だから」

「では、そうさせてもらいましょうか」

瑞樹と愁馬のやりとりに微笑みながらアントワネットを促す。4人でテーブルを囲んだ。

「前のオーナーのお知り合いなんですか」

「前のオーナーに先に知り合ったのは弟だ。
 その弟が町を出て、銀月も町を離れた。そのときに任されてね。
 銀月には世話になってるし、ここを潰すのも勿体無いから」

「確かに、、店そのものが美術品のようなものですからね」

この通りに並ぶ店の中でも古いものだった。

まだ幼い頃、硝子越しに店を覘いていた記憶がルディの中に蘇る。

その向こうにいたのは、、、。

「ん、、ゴホッ」

「ルディ!?」

「、、、すみま、、せ、、ぐ、、」

「ルディ、薬持ってる?」

「愁馬、水」

愁馬が持ってきた水を受け取り、どうにか流し込んだ。

「横になるか?」

「、、、いえ、、動かないほうが、、」

昨日ほど大きくはない。少し動かずにいればおさまるだろう。

「ふぅ、、、」

上をむいて大きく息を吐く。程度の差はあるが頻繁になってきていることは確かだった。

「病気なの?」

愁馬が覘く。ルディはゆっくりと言葉を繋いだ。

「病気というか、、この身体はいつ動きを止めてもおかしくないんです。機能が弱っていて。
 だから、導火線に火のついた爆弾を抱えているようなものなんですよ」

「治らないの?」

「完治はしません。今よりも安定させる方法ならあるにはあるんですが
 成功率の出ない手術でリスクが大きい。それを受けようか、迷っているところです」

「決めるのは難しいだろうな」

「ええ、、、どちらにしても、いい悪いがあるから。
 ルディにとって一番いい方法が何なのか」

「、、、難しいことはわからないけど、ルディさんはどうしたいの」

「どうしたい?」

「どうしたらいいかじゃなくて、望むこと。手術じゃなくて今一番したいこと」

愁馬の言葉に、考えてみる。単純に自分が一番望んでいることは何なのか

「、、、アントワネットと少しでも長くいることですね」

「そのための方法は」

「今のところはこの手術しかありません」

「だったら受けてみてもいいと思うよ」

「しかし、失敗したらそのまま」

「考えなければいい」

「、、、、、」

愁馬の答えはどこまでも単純明快だった。

「絶対に戻るんだって。それだけを考えればいい。
 成功率がでないんだったら、ルディさんが成功率を上げる」

「、、、その自信はどこから来るんですか」

ルディが呆れながら言った。

「だって、人が持つ一番の強い力は想いの強さだもん。
 だから、一番強い想いを大切にすれば大丈夫。上手くいくよ」

想いの強さ。ルディはガレリアを思い出していた。揺るがない絶対の想い。

そしてガレリアは、その想いにどこまでも正直で真っ直ぐで。

「、、、似ていますね、あなた」

その小さな呟きはアントワネットにしか聞こえなかった。

「愁馬、立ち入った話に口を出すんじゃない。すみません、余計なことを」

「いいえ。そのとおりかもしれないわ。ルディ、お店のほう」

「そうですね、、開けないと。ごちそうさまでした。
 かえって、気を使わせてしまいましたね」

「いや、気をつけて」

「よかったら、わたしたちのほうにも顔をだしてくださいね」

「ほんと?遊びにいってもいいの?」

「ええ。お菓子たくさん用意して待ってるわ」

嬉しそうに愁馬が笑う。

「それではこれで。失礼します」

「ばいばい」

2人を見送り、カップを下げた愁馬を瑞樹が呼んだ。

「愁馬、さっきのお前が考えてたことか?」

「、、、どれ」

「一番強い想いを大切にすれば大丈夫ってやつ」

「あ、、ううん。あれは近くに住んでたお兄さんが言ってたこと。
 よく遊んでくれたけど、いつの間にかいなくったんだ。みんな」

「家族ごと?」

「前の日まで何もなかったのに、朝になったらいなくなってた。
 、、、どこで何してるのかな」

「会いたいかい」

小さく頷く。そんな愁馬の頭をくしゃりと撫でた。

「だったら、また会えるって信じてればいい。そういうことだろう」

「、、、そうだね」

カランとベルが鳴り、次の客がやってきた。

「愁馬、新しいお茶を頼むよ」

「はい」

お茶の準備をしながら、愁馬は綺麗に晴れた空を思う。

あの空のように澄んだ水色の瞳。そんなガレリアの瞳を思い出していた。



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