


パンドラの箱(X)
夜。ここしばらく手を出さなかったアルコールに手が伸びた。
ゆっくりと空けながら、手は無意識で胸の上に乗る。
レイスとガレリアがこの話を聞いたら、どんな答えが返ってくるのだろう。
レイスはわからないがガレリアなら、愁馬とおなじことを言いそうな気がした。
「ルディ」
「あの子、ガレリアに似ていませんでしたか」
「ガレリアだったら同じことを言うでしょうね。
ルディ、それくらいにして。しばらく飲んでなかったんだから」
「これで最後にします」
残っていた一杯分をグラスに注ぎ、一気に空ける。
「あの手術、受けますね」
「ルディ、、、」
「失敗するかもしれない。そのときは貴女にだけ辛い思いをさせるでしょう。
それでも、私の我侭を許してください」
「、、、、、」
「どうしたらいいのかなんて解らない。だけど、どうしたいかはっきりしたんです。
貴女と共にいられる未来が欲しい。その方法がこれしかないなら賭けてみたい」
言葉の出ないアントワネットをルディは抱きしめる。
「帰ってきます。あなたの隣に。
貴女という女神を手にすることが、どんな大罪であったとしても」
「、、、(ルディ、泣いてるの?)」
顔は見えない。だがルディはアントワネットを更にきつく抱いて震えていた。
「信じるわ。それしか出来ないものね」
「貴女が待ってくれるなら、それが何よりの力です。ありがとう」
「何か、願かけになるものあったほうがいいかしら」
「願かけですか?」
「ええ。貴方が私宛の手紙を持っていてくれたように。無事に成功することを願って」
信じるための拠り所。それを求める気持ちはわかった。
何も出来ずに待つだけの苦しみが少しでも和らぐのなら、何でもしてやりたい。
「では銀月で探してみましょう。あの2人にも報告したいし」
「そうね」
「、、、今夜は抱かせてください」
灯りを落としたその中に、2人の影が消えた。
「こんにちは」
「いらっしゃい、あら」
アントワネットの店。やってきたのは愁馬だった。
「ルディさん、いますか」
「いるわよ。ルディに用事があるの?」
「ルディさんとアントワネットさん」
「休憩中だから中へ入って」
アントワネットは愁馬を連れて奥へと入り、ほどなくルディも姿を見せた。
「こんにちは。ルディさん」
「こんにちは。今日は1人なんですか」
「うん。これ」
愁馬が差し出したのは水色に光る石を埋め込んだペンダント。
「昔から願いが叶うっていわれている石なんだって。
瑞樹さんがあげてもいいって。だから2人にあげる」
「、、、ありがとう」
小さな手がルディの手に重なった。
「こっちから行こうと思っていたのに先を越されたわね。
ルディ、あの手術受けることにしたのよ」
「ほんと?よかった」
「愁馬のおかげです。それに、アントワネットが信じてくれたから。
昨日、あなたの言葉のおかげで決心がつきました」
「じゃあ、僕じゃなくてガレリアさんだ」
「、、、今、何と」
思わぬところから出たガレリアの名にルディは聞き返していた。
「あれ、僕じゃなくてガレリアさんが言ってたことなんだ。
ガレリアさんは近くに住んでて、よく遊んでくれた人なんだけどいつも言ってたの。
自分の望みに嘘はつかない。そうすれば、いつかきっと本物になる」
「だから、、、」
似ていると思ったのは当然のこと。ガレリアの言葉だったのだから。
「パンドラの箱の底にある希望は眠っているだけ。
その眠りを覚ますことができるかは、箱を開けた人がどれだけ強く願っているか。
そう教えてくれた。いつの間にかいなくなって、今はどこにいるのかわからないけど」
「、、、愁馬、ガレリアに」
ガレリアに会いたいか。それをルディが言いかけたとき時計が鳴った。
「いけない、戻らなきゃ。また来ますね」
「あ、待って」
アントワネットが止めるより早く、愁馬は店を出て行った。
「パンドラの箱、、、底に眠る希望はガレリアそのものなのね。
いつでも光を投げてくれる」
「それを無意識でやってしまうのだから、ガレリアの存在が奇跡に思えますよ。
アントワネット、願かけはこれにしませんか」
「ええ、きっと叶う。愁馬のことガレリアに知らせたほうがいいのかしら」
愁馬はきっと、別れてから今までのことは知らないだろう。
男娼として育てられ、今はレイスという存在が唯一絶対だということは。
「知らせるだけ、知らせておきましょう。どこまで話すかはガレリアの判断ですから。
そのことでガレリアが辛い思いをするのなら、今度は私たちが支える番です」
「少しでも返したいわね。私たちが救われている分を」
手の上に乗った小さな石。その光の向こうにガレリアの瞳が重なって見える。
いつでも真っ直ぐに向けてくる眼差し。
希望はきっと己の中にあるのだと、そう教えられている気がした。