その面影は かの人に似たり
「入賞か、、、、」
学園祭から芸術祭まではそう時間がない。
描き直すより学園祭の作品に力を入れるほうがいいだろう。
本当に大切なもの。愛情を込めて描けるもの。
リュウヤにとってはアヤノだが、将来がかかるとなると妙な緊張感があろう。
何を題材にしようか考えながら歩いていると、古めかしい看板が目に入った。
「何だか古めかしい店だな。画廊か何かか?」
歩みを進めて近づく。
ショーケースにあるものが何かわかると、リュウヤは足を止めた。
「人形、、、、」
大小様々な人形が並び、リアルな瞳が自分を見ている。
芸大ということもあり、人形作家という職業は認識している。
プロの話をきけるかもしれない。それに、モデルになる人形があれば。
そう思って、リュウヤは店に入った。
「いらっしゃいませ」
迎えたのは長いブロンドの美しい青年。
「どうも」
軽く会釈をして並ぶ人形を眺めた。そして値札を返す。
さすがにアンティークのビスクレベルはないが、それでもいい値段だった。
「これ一つでバイト代の何か月になるんだろう。ん、、、、」
リュウヤは一つの人形に目をとめた。
美しいドレスを纏った人形は、リュウヤに向って微笑んでいる。
その面影はアヤノを想わせた。
「アヤノに似てる」
リュウヤは手に取り、値札を返した。
「いい値段だな」
「何かお探しですか」
かけられた声に振り向いた。
すると先ほどのブロンドの青年ではなく、別の人物が立っていた。
「ええ、、、まあ。ここの人形って、個人作家のものですか?」
「大方は私が手がけたものです。オーナーのイツキです」
「プロの人形作家ですよね」
「はい」
「他に仕事持ってますか?」
「いいえ」
「いいですね。人形作家だけで食べていけるなんて」
「、、、、、、」
「あ、いえ、、、すみません」
怒らせたかと思ったが、イツキは気にする様子もなく椅子をすすめた。
「よろしかったらどうぞ。目録をお持ちします」
「ありがとうございます」
このまま帰りずらくもあり、リュウヤは椅子に座った。
イツキの持ってきた目録をパラパラと眺める。
「芸術の価値って、どこで決まるんだろう」
「あってないようなものでしょう。
同じ作品でも不要な人には、ただでもいらないものですから」
「イツキさんでしたっけ」
「はい」
「この店、あなたが開いたんですか?」
「いいえ。私の祖父も人形師でした。店ごと引き継いだんです」
「そのおじいさんは」
「祖父は独学だと言っていましたが、本当のところはわかりません」
「でも、イツキさん自身の人形も商品になってるんですよね。
個展は開いたことありますか」
「ありますよ。幸いそこから縁を頂いたお客様もいらっしゃいます」
自分とあまり変わらない年齢に見える。
すでにプロとして仕事にできているのなら、大成功だろう。
「やっぱり持って生まれた才能なのかな」
「芸大の学生さんですか?」
「え?」
「そのロゴは、近くの芸大のものでしょう」
「うちの大学、知ってるんですか」
「前に講演を頼まれたことがあります。
その時は、彫刻を専攻している学科が対象でしたが」
「あれだけの学生がいても、実際仕事にできるのは一握り。厳しいですよね」
「お名前よろしいですか」
「リュウヤです。絵を専攻してます」
「学園祭もそろそろですよね」
「ええ」
イツキは席を立つと、あの人形を手にして戻った。
「この人形をモデルにとお考えですか」
「、、、、よくわかりましたね」
「いくつかご覧になっていましたが、手に取ったのはこの人形だけですね」
見ていると一層アヤノの面影が重なってくる。
「描きたい人がいるんですけど、事情があってモデルは頼めないんです。
この人形、何となくその人に似てて」
だがそのためだけに購入できる値段ではなかった。
そうでなくても、画材購入でまとまったお金を使ったばかりだ。
「これだけの値がつけば、文句なんて言わせないのに」
「、、、、、、」
「、、、、、、」
「お貸ししましょうか」
「え?」
イツキの言葉に、リュウヤはきょとんと顔を上げた。
「期間限定で貸し出してもかまいませんよ。
ただし、破損が出た場合はお買い上げいただくことになります。
また、通常このような形はとっていませんから内密に。
この条件でよければ、半値で一か月貸出しますよ」
「いいんですか」
「どうぞ」
「ありがとうございます。お願いします」
「ではお手数ですが、明日もう一度おいで願えますか。
メンテナンスをした上で梱包しておきます。
それから、証書を作らせていただきますので引き渡し時にサインを」
思いがけないイツキの提案に心から感謝した。
アヤノとの未来。少しだけ夢に近づいた気がする。
「わかりました。本当にありがとうございます」
「では明日。お待ちしています」
「はい」
わずかだが心を軽くして、リュウヤは店を後にした。
そして次の日。
「品はこちらになります。証書がこちら。よろしければサインを」
目を通し、自分の名前を入れた。
店の商品を預かるのだ。道理の上でも傷はつけられない。
「大切に扱います。本当に助かりました」
「いえ。いい作品を作ってくださいね」
「はい」
何度も頭を下げるリュウヤを見送り、並べてある人形の点検に戻った。
「イツキ」
顔を出したのは、昨日最初にリュウヤを迎えたアレク。
「昨日の人、来たんだ」
「ああ」
「あの子が幸せを運んでくれるといいね」
「いい顔で帰ってくれることを願うよ」
− 人形は人を幸せにするためにある −
店の人形を手にした人が笑顔でいられることを、2人は願うのだった。
リュウヤは制作を開始した。アヤノを思い浮かべ丁寧に描いていく。
だが、どうにも納得がいかない。学園祭だけならこうはならないだろう。
しかし、アヤノとの将来といういつも以上の緊張があった。
筆を止めて描き直す。その繰り返しで一週間がすぎた。
「はあ」
進まない苛立ちが疲労感に変わっていた。
「いいよな。人形なら疲れるなんてありえないもんな」
人形は変わらない姿でモデルを続けていた。
「リュウヤ」
声に振り向けばアヤノがいた。
「簡単だけど差し入れ」
「来るなっていったろう」
「、、、、、、」
間が悪いとしか言いようがない。
「今回は、描いてる間は来ないでくれって言ったじゃないか」
「ごめん。でも疲れてるみたいだし、いつもより大変だろうから」
「そう思うなら、言ったとおりにしてくれよ。アヤノのために描いてるんだぞ」
「リュウヤが懸命になってくれてるのはわかってるし、嬉しいわ。
でも、あたしはリュウヤの体のことも心配だから」
「倒れたって、とにかくこれを描き上げればいいんだ」
今のリュウヤに余裕などなかった。余裕のなさは感情を荒くする。
「少し休んで。ため込んだっていいものなんか描けないわよ」
「わかりはしないよ。苦労知らずのお嬢様には」
「リュウヤ」
「学費の心配なんてしたことないだろう。
学費だって生活費だって、どうにかやりくりしてるけどぎりぎりさ。
もっと金があれば、こんなことしなくて一緒になれるのに」
「こんなことなんて言わないでよ。絵が好きで楽しいって笑ってた」
「これが現実だ」
「、、、、、、」
「帰ってくれ」
「、、、、ごめん、邪魔して。置いておくから気が向いたら食べてね」
机のすみに差し入れを置いて、アヤノは教室を出て行った。
「何やってんだ、、、、」
あんなことを言いたかったのではない。ありがとうと、一言でいいのに。
「やっぱり、アヤノと俺じゃ不釣り合いなのかな」
リュウヤは人形を手に取った。
「ごめん、、、、あんな言い方するつもりじゃなかったんだ」
腹の虫が鳴った。考えてみればまともに食べてない。
差し入れを開けてみると、中は不格好なおにぎりとメモが一枚。
『形は悪いけど、一応食べられるから。
作りながら思った。本当に、自分では何もしてこなかったんだなって。
リュウヤにおいしいって言ってもらえるように、料理も勉強するね。
体を壊さないように気をつけて。応援してるよ』
小ぶりのおにぎりを口にいれる。
確かに塩加減は偏ってるし、握りもあまい。だが、おいしい。
「うまいよ。アヤノ、ありがとう」
不思議と心がなだらかになる。
「俺はお前を描いてるんだ。世界中で一番綺麗に描くからな」
背中を見ながら、人形が美しく微笑んだ。
「リュウヤ、、、、どうしたらいいんだろう」
リュウヤが苛立っているのは、嫌というほどわかる。
だから怒るでもなく悲しくなるわけでもなく、体調の心配だけ。
諦めてほしくない。自分のことも、絵も。
だがこのままでは本当に倒れてしまうかもしれない。
いつもより時間をかけて家に戻ると、すぐに家政婦が出迎えた。
「お帰りなさいませ。お客様がおみえです」
「あたしに?」
「はい。リビングに」
「わかった」
あまり人に会いたくない気分だが、挨拶だけならとリビングに入った。
リビングにいたのは3人。父と母、そしてあの写真の相手。
「初めまして。アヤノさんですね」
「、、、、はい。父さん、どうして」
「待ってもらっていたが、一度話がしたいとのことでな」
「アヤノ、一度座りなさい」
アヤノはソファーに座った。
「待ってほしいとの返事はいただいています。
ただ、前向きに考えていいのか他に理由があるのか、それを聞かせてください」
「それは、、、、、」
もしリュウヤが入賞できなかったら
目の前にいる相手と見合いをすることになるのだろうか。
その時のことを考えて待ってほしいというのは、かえって失礼ではないか。
いや、それは言い訳だ。諦めたくない。アヤノは、心を決めた。
「中途半端なお返事で申し訳ありませんでした。ちゃんとお話します」
「アヤノ、、、、」
「アヤノ、庭で話したら。2人だけのほうがいいでしょう」
「母さん」
「自分の言葉で自分の気持ちを伝えなさい」
「ありがとう」
2人だけで庭に下りた。
「付き合ってる人がいるんです。同じ大学で絵を専攻してます」
「その方とは長いお付き合いですか?」
「一年前からです。でも両親にはなかなか言いだせなくて」
「どうして」
「反対されるだろうって思ってました。
画家を目指すなんて不安定な将来を認めてはもらえない。
思ってたとおり、反対されました」
「別れるつもりですか?」
「いえ。認めてほしいって頼んだら、父は条件をだしたんです。
今年の芸術祭で入賞できたら認めると。
待ってほしいというのは、芸術祭が終わるまでというつもりでした」
「そういうことでしたか」
「ごめんなさい」
「入賞できなかったときは諦めるつもりですか?」
「迷ってたんです。リュウヤ、自分は倒れてもいいから描き上げるって、そこまで」
「それだけ彼も真剣なんですね」
「何も言えなくて帰ってきました。でも、諦めません」
「、、、、、、」
「入賞できなくても諦めない。どうしても入賞が条件なら、待ちます。
私がしっかりしてれば、リュウヤも楽になれるかもしれない。
それを、ちゃんと伝えるつもりです」
「私はあなたの恋を応援できたことになるのかな」
結果としては男の言うとおりだろう。
見合いの話がこなければ、リュウヤのことも言いだせなかった。
だからこそ、申し訳ないと思う。
中途半端な返事で待たせた結果がこれなのだから。
「本当にすみませんでした」
「いいえ。彼のことを隠して話を受けていただくよりは、よかった」
男は腕を出した。
「戻りましょうか。最初で最後のエスコートをさせてください」
「はい」
同じ目標に向かう想い。
すれ違いかけていた2人の心が、互いの気付かないところで重なっていた。