その面影は かの人に似たり


         翌日、アヤノは大学へ足を向けた。

         日曜だったが、この時期は休日も平日もない。

         リュウヤも絵と向き合っていることだろう。

         歩みを進めていたアヤノはある店の前で足を止めた。

         「人形の店、、、、綺麗」

         ディスプレイされた美しい人形たち。

         硝子の瞳に吸い込まれるように、アヤノは店に入った。

         「いらっしゃいませ」

         会釈を返し、アヤノは並ぶ人形たちを見つめた。

         その横顔に、イツキはふと思い当った。

         仕事がらか、観察眼はあるほうだ。もしかしたら。

         「失礼ですが」

         「はい」

         「近くの芸大の学生で、リュウヤさんという方をご存じですか」

         「え?あ、はい。知っていますが」

         リュウヤと人形の店。すぐには結び付かず逆に訊いた。

         「リュウヤをご存じなんですか?」

         「一週間くらい前ですが、絵のモデルを探しにご来店されました」

         「人形をモデルに?」

         「こう仰っていました。モデルを頼みたい人がいるけど事情があって無理。
          リュウヤさんが手にした人形は、相手の方に似ているそうです」

         「まさか、、、、」

         「あなたに似ていましたよ」

         きゅっと胸が鳴った。

         「リュウヤ、、、、」

         この絵に賭けた想い。それはアヤノとの将来に懸けた想いでもある。

         言葉にできない嬉しさで胸がいっぱいになった。

         「順調だといいのですが」

         「芸術祭にも出品する作品だから、緊張してるみたいです」

         「芸術祭も兼ねた作品でしたか。モデルに選んでいただけるとは光栄です」

         「リュウヤならきっといい作品に仕上げてくれます」

         アヤノは言いきった。リュウヤに対する信頼のあらわれでもある。

         「信じてくれる人がいれば、その想いは強い力となります。
          お会いしたらよろしくお伝えください」

         「はい。今度はリュウヤと一緒にきますね」

         「お待ちしています」

         アヤノは、はやる気持ちをおさえながら大学へ急いだ。


         門をくぐり、まっすぐ絵画専攻科へ向かう。すると

         「アヤノ?」

         途中で背中から呼び止められた。

         「お疲れさん。アヤノも練習か?」

         「リュウヤ」

         片手にはコンビニの袋があった。時計を見ればお昼時だ。

         「これからお昼なの?」

         「休憩も兼ねてな」

         「そしたら少しいい?邪魔はしないから話だけ」

         「俺も話したかったんだ。とりあえず教室行こうか」

         「うん」

         教室には1人分のカンバスと美しい人形があった。

         リュウヤにはこんな風に見えていたのだろうか。

         「リュウヤには、あたしこんな風に見えてたの?
          この人形のほうがずっと綺麗だと思うけど」

         「え?」

         「お店入ったの。偶然なんだけどね」

         「あ、、、、けど」

         偶然入った客が自分が話に出した当人だと気づいたならば
         相当な観察眼の持ち主なのだろう。

         それも人形師という職業がなせる技なのか。

         「よくわかったな。アヤノが俺が話した当人だって。
          どこの誰なんて一言も言ってないのに。切り出したの、アヤノなのか?」

         「違うわ。芸大の学生でリュウヤさん知っていますかって。
          あたしに似てる人形を手に取ったって教えてもらった」

         「あのな」

         「あのね」

         2人同時だった。

         「、、、、、、」

         「、、、、、、」

         「アヤノからでいいよ」

         「うん」

         人形を抱いて、アヤノは告げた。

         「お見合い写真の当人が、家にきたの」

         「、、、、、、」

         「返事は保留にしてたけど、はっきり断ったわ」

         「アヤノ、、、、、けど入賞できなかったら」

         「入賞できなくても諦めたくない。
          どうしても入賞が条件だっていうなら、何年でも待ってる。
          あたしが好きなのは、リュウヤなのよ。やっぱり」

         「アヤノ、、、、」

         「迷ってた。あんなに追い詰められてるリュウヤ初めてだったし。
          諦めれば、リュウヤは楽になれるんじゃないかって思いもした。
          でも、あたしが迷ったらリュウヤも迷うよね」

         「いいのか、本当に」

         「決めた。だから入賞のことは考えないでほしいの。
          描きたいものを描きたいように描いてほしい。初めて見た絵のように。
          迷わないで待っていられるから大丈夫」

         「そっか、、、、ありがとう」

         久しぶりに2人で笑えた気がした。

         「リュウヤの話は」

         「俺はこの前のこと謝りたかった。あんな言い方してごめん」

         「気にしてない」

         「それと、おにぎりありがとな」

         「あれは、、、、おいしくなかったでしょう」

         「まあ、味と形は勉強の余地ありだけど」

         「そう、、、よね」

         「嬉しかった。これからも楽しみにしてるよ。当面はこのレベルまで」

         リュウヤはコンビニの袋を持ち上げた。

         「、、、、、料理教室探すわ。あ、ごめん。御飯だよね」

         「アヤノは」

         「あたしもこれからだけど」

         「適当に買ってこいよ。一緒にどうだ」

         「でも邪魔にならない?」

         「昼飯くらいいいよ。それにこれも勉強」

         「もう、、、、、」

         アヤノは人形を置いた。

         「じゃあ、行ってくるね」

         ちょっぴり意地悪な言い方もいつもの会話に戻っていた。

         アヤノもリュウヤも、何気ないやり取りが嬉しい。

         「それとさ、頼みがあるんだ」

         「何か買い足してくる?」

         「アヤノを描きたい」

         「え、、、、」

         「描きたいものを描きたいようにって言ってくれたろ。
          だから、アヤノを描きたいんだ。その人形と一緒にモデル頼めないかな」

         「リュウヤ、、、、」

         「きっといいものが描ける気がする。、、、、泣くなよ」

         「ごめん、、、でも」

         止まらなかった。リュウヤはアヤノの頭にこつんと手を乗せる。

         「アヤノの練習もあるだろうから、それは考えて調整するよ。
          俺のせいでアヤノの腕が落ちたなんて言わせたくないしな。
          2人で最高のものを作ろう」

         「うん」

         そんな2人の傍らで、人形の微笑みはいっそう美しいものになっていた。


         約2ヵ月後、リュウヤはアヤノの家に向った。

         「確認してください」

         リュウヤは封書を父親に差し出す。結果は入賞。

         「これで認めてくれるでしょう。約束よ」

         「君の勝ちだな。おめでとう」

         「父さん」

         父親はソファーを立った。

         「渡したい物がある。そのままでいてくれ」

         「はい」

         リビングを出た後、階段を上る音が聞こえた。

         「アヤノもリュウヤさんも、本当にお疲れ様」

         「いえ、とんでもないです」

         「渡したい物って何かしら」

         「楽しみにしてらっしゃい」

         しばらくして戻った父が2人の前に置いたもの。それは絵筆だった。

         かなり使い込まれているようだ。

         「これはどなたのですか」

         「私のものだ」

         「父さんが?」

         「絵をやっていらしたんですか?」

         アヤノは初耳だった。断片すらも聞いたことはない。

         「でも、そんな話」

         「私たちも、あなたたちと同じだったの」

         「母さん」

         「お父様もリュウヤさんと同じように画家という夢があったわ。
          でもアヤノのお爺様に反対された。理由も同じよ」

         「母さんと一緒になるには、どちらかを選ばなければならなかった。
          私は母さんを選んだんだ。結婚したあとは絵筆を取ることはなかったよ。
          仕事のこともあったが、それ以上に趣味では満足できなかったんだな。
          私は画材道具を処分したが、それだけはできなかった」

         それがどれだけ辛いか。リュウヤは痛いほどわかる。

         そして残された一本にどれだけの想いが込められているのか。

         「これは君が使ってほしい」

         「いただけません。
          どれだけ辛かったか、この筆がどれだけ大切なものかはわかるつもりです」

         「アヤノと一緒になるつもりなら卒業してふらついているようでは困る。
          だが絵を諦めろとは言わん」

         「、、、、、」

         「私の夢を君とアヤノに託したい。夢が現実になるかは君しだいだ。
          どんな険しい道だろうと、進むだけの覚悟があるかね?」

         リュウヤは筆を手にした。ずっしりと重い。

         「わかりました」

         「リュウヤ」

         「お父さんの夢、たしかにお預かりします。
          自分自身の夢とアヤノのことも大切にします」

         「そうか、、、、頼むよ」

         「はい」

         「お父さん、、、、ありがとう」

         夢と現実。喜びも辛い思いもこの一本に詰まっている。

         その重さを、リュウヤはしっかりと握りしめた。


         「入賞か。幸運を運んだようだな」

         イツキの手元には芸術祭の選考結果があった。

         入賞者の中にはリュウヤの名前がある。

         「この子、いい顔で帰ってきたもん」

         アレクはモデルを務めた人形を優しく抱いた。

         「この人形はイツキが作ったの?それともお爺さん?」

         「じいさん」

         「じゃあ、きっとお爺さんも喜んでるね」

         店の扉が開いた。

         「いらっしゃいませ」

         「いらっしゃいませ。アレク」

         「うん。ごゆっくり」

         抱いていた人形を戻し、アレクは仕切りの奥に入った。

         客はリュウヤとアヤノ。

         「こんにちは」

         「本当に今回はお世話になりました」

         「いえ。芸術祭の入選、おめでとうございます」

         「え?」

         「あ、、、その報告をするつもりで来たんですけど、イツキさんどうして」

         「毎年審査員を頼まれてるんですよ。
          今年は個展と重なったので断りましたが、結果は知らせてくれました」

         「そうだったんですか」

         「リュウヤの絵はご覧になったんですか?」

         「いえ、それはまだ。
          入選作品の展覧会も案内をもらいましたから、足を向けるつもりです」

         「ええ、ぜひ」

         「この人形にもお礼言わなくちゃね」

         アヤノは人形を手にした。

         「でも、本当にあたしに似てると思ったの?」

         「思ったよ。雰囲気っていうか、第一印象がさ。
          どこがどうとかじゃなくて、似てるって素直に思った」

         「人形とは不思議なものです。
          見る人の心で、微笑んだり寂しそうだったりしますからね。
          それだけ、リュウヤさんの心はアヤノさんを想っているのでしょう」        

         「え、、、、、あの、、、」

         「いえ、否定は、、、しない、、、け、ど」

         気恥しそうに2人は横を向いた。

         イツキは棚に並んでいる人形の一つを取った。

         それは掌に乗る大きさのガラスの天使。

         「よろしければお持ちください」

         「ガラスの天使、、、、綺麗」

         「でも高いんじゃ」

         「工場で量産されているものですから、お土産程度のものです」

         「、、、、じゃあ、頂いていきます」

         「どうぞ」

         透明な翼の向こうで灯りが揺れる。

         無機質なガラスが不思議なぬくもりを持った。

         「またいろいろ聞かせてください。
          俺もイツキさんみたいに、人の心を動かせる何かを作れるよう頑張ります」

         「あたしも、また人形に会いにきていいですか?」

         「私でお役に立てるのでしたら、いつでもお待ちしています」

         「ありがとうございます。じゃあ、今日はこれで」

         「あたしもリュウヤも本当に感謝しています。ありがとうございました」

         2人を見送り、イツキはモデルの人形に微笑んだ。

         「ご苦労さん」


         歩きながら、アヤノはガラスの天使を陽にかざす。

         「人形か、、、、人形師も素敵な仕事ね」

         「うちの大学でも講演したことあるんだって。彫刻専攻だけ聞いたらしい」

         「自分の手がけたものが人を幸せにできたら嬉しいな。幸運を運ぶ天使になれたら」

         「俺にとってはアヤノが天使だよ」

         「、、、、、リュウヤって、前からそんなこと言う人だった?」

         「天使のおかげで、少し素直になれたかな」

         「リュウヤ、、、、」

         「絵で食べていけるようになるのは難しいけど、諦めない。
          他の仕事しながらでも絵は続けるつもりだ」

         「応援してるわ」

         2人が歩くその先に光が溢れるよう。

         幸福が訪れることを願うかのように、小さな天使は美しく輝いていた。


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