その面影は かの人に似たり
芸術。
それは一律の価値を持たず、同じ物でも評価は人様々だろう。
これを生活の糧にできるのは、芸術家を志す人の中でも一握り。
それでも、キャンパスには芸術家を夢見る若者が集い学んでいた。
とある芸術大学。
学園祭を一ヶ月後に控え、学生たちは活気づいていた。
授業は取りやめ各々制作に専念することになる。
またこの学園祭は、プロの芸術家たちも注目するものだった。
それもあって気合いの入れようは半端ではない。
絵画を専攻しているリュウヤもそんな学生の一人。
同じ大学でピアノを専攻している恋人、アヤノとのも話題も学園祭のことが多くなっていた。
「あと一か月か。やることは毎年変わらないけど、今年って随分気合い入ってるよな」
「芸術祭があるからじゃない?選考委員の誰かが来るって噂もあるし」
芸術祭。
それは2年に一回開催される全国規模のコンクールで、プロへの登竜門ともいわれている。
入賞できれば作品を発表する機会も格段に上がるのだ。
「芸術祭か。俺には手の届かないものだな」
「そんなの、やってみないとわからないじゃない」
「けど現実は厳しいぜ。教授からほめられたことなんて一度もないんだから」
「あたしが褒めてあげる」
「アヤノが褒めてくれるのは嬉しいけど」
「去年だったよね。リュウヤと会ったの。それだって、リュウヤの絵がきっかけだったのよ」
「覚えてるよ。ちょうど一年か」
リュウヤとアヤノの出会いは去年の学園祭だった。
リュウヤの絵をアヤノが目にとめたのだ。
励ましあい、時にはケンカもしながらも一年がすぎた。
2人の気持ちは変わらずに互いを好きでいられたが、一つだけ問題があった。
それは親に紹介できずにいること。
「ねえ、やっぱり親に紹介したい」
「、、、、、、」
「リュウヤの心配もわかるの。でも黙っていたっていつかは」
「反対されるに決まってる」
「だからって駆け落ちみたいに出ていくなんて」
「それもわかるけど」
リュウヤの家はごくごく平均的な一般家庭。
生活費は仕送りとバイトだが、ほとんどが学費に消える。
画材だって安くはない。
対しアヤノは、大企業のトップを親に持つ裕福な家の娘だった。
「確かに父さんを説得するのは難しいかもしれない。でも、あたしも話すから」
「アヤノの親は、きっとどこかの御曹司と一緒にしたいって思うさ。
画家を目指してるなんて、将来が不安定な相手と一緒にさせたくはないだろう」
「リュウヤ、、、、」
「アヤノのこと好きだよ。幸せにしたい。
俺だってアヤノの親に認めてもらいたいさ。けど、、、、今の俺じゃ」
アヤノを想う気持ちは誰にも負けないつもりだ。
だが現実は気持だけで乗り越えられるものではない。
何があれば、アヤノの両親に納得してもらえるだろう。
「諦めれば認めてもらえるか」
「諦めるって、、、、絵を諦めるつもりなの?」
「画家よりは、会社勤めのサラリーマンのほうが安定するし」
「だめよ」
「俺は、絵かアヤノどっちか選べって言われたらアヤノを選ぶ」
「リュウヤ、、、、ありがとう」
アヤノもリュウヤの気持ちは嬉しい。だが絵を諦めてほしくない。
まして、それが自分のせいになるなら尚更だ。
「アヤノ、親に会うことは俺も考えるよ。けど学園祭が終わるまでは集中したいんだ」
「そうね。ごめん、こんな時に」
「お互い成功させような」
「ええ」
この学園祭が成功すれば、自信にもつながるだろう。
そのためにも、自分にできる最高の作品を作ると約束を交わした。
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
家に帰ったアヤノを家政婦が出迎えた。
「旦那さまが、リビングでお待ちですが」
「父さんが?早いのね」
「はい」
「わかった。荷物置いたらいくわ」
「お願いいたします」
アヤノは一度自室へ戻り、鞄を置いてリビングに向った。
「お帰り」
「ただいま。早かったのね」
「ああ。アヤノ、実はいい話がきてるんだ」
「いい話?」
「これを見てくれ」
目の前に差し出されたのは写真だった。アヤノはすぐに思い当った。
「父さん、お見合いを持ってきたならお断りします」
「おい、何も聞かないでそれはないだろう」
「そのつもりがないのに、聞いてもしょうがないでしょう。お断りして」
そっけなくアヤノは返した。そんなアヤノに、今度は母が思い当たった。
「アヤノ、好きな人がいるのね」
「母さん」
「本当か?」
「、、、、、、」
「あなたの気持ちも考えるつもりはあるのよ。ねえ、あなた」
「まあ、それは」
「だから、好きな人がいるのならちゃんと話して」
「、、、、、わかった」
思わないところでリュウヤの話になったが、いいきっかけになったのかもしれない。
アヤノは一つ深呼吸をした。
「付き合ってる人がいるの。同じ大学で絵を専攻してる」
「お名前は」
「リュウヤ」
「そう」
「学園祭が終わったら、ちゃんと紹介するつもりだったのよ。
ただ、今は準備に専念する時期だし、集中しなきゃいけないから」
「認めることはできない」
「父さん」
「あなた」
リュウヤの心配が的中した。
「絵描きなんて、そんな不安定な将来の相手を認めるわけにはいかない」
「リュウヤもそれは心配してた。絵を諦めてもいいって、そこまで言ってくれた。
でも、あたしは諦めてほしくないの」
「だったら、お前が相手を諦めるしかないな」
「どうして」
「苦労するのがわかっていて、娘を任せられると思うのか」
「アヤノのことを大切に思ってくださっているのはわかるわ。
今学んでいることを投げてもいいと、そこまで考えてくれてる。
アヤノ、相手の方の気持ちを大切にしたいなら、絵は難しいかもしれない」
「そんな、、、、」
アヤノは小さく唇をかんだ。
「あなた、一度会ってみましょう」
「認めるつもりなのか?」
「それは、まだどちらとも。
でも、アヤノも真剣みたいだし相手の方もそこまで言ってくださってる。
せめて、このお話は少し待っていただけないかしら。
アヤノの気持ちも大切にしたいわ」
「母さん」
父は難しい顔をしながらも、渋々頷いた。
「わかった。一度連れてこい」
「、、、、、、」
「アヤノ」
「話してみる」
アヤノは短く答え、席を立った。
「部屋にいるから」
うつむいたまま、背中を向けてリビングを出た。
絵を諦めることはさせたくない。だが、それしか方法はないのだろうか。
リュウヤは会ってくれるのか。
お見合いの話を知ったら、自分を諦めるのではないか。
「リュウヤ、、、、」
アヤノは明日が少しだけ怖くなった。
そして次の日。
「何だよ。話があるっていうから来たのに黙り込んで」
「ごめん、、、、あの」
リュウヤと待ち合わせをしたものの、いざ会うと切り出せずにいた。
リュウヤも無理に急がせるつもりはないが、このままでは埒が明かない。
「待ってろ」
「リュウヤ」
リュウヤはカウンターに行くと、2人分のグラスを持って戻った。
「チョコ・ラテだったよな、いつも」
「うん、、、、ありがとう」
甘いラテを一口入れる。
「初めてこのカフェに来たとき、リュウヤ不思議そうに言ったよね。
”よくそんな甘いもの飲めるな”って。、、、、一年たったんだ」
「何があったんだ」
アヤノは祈るような気持ちで切り出した。
「父さんがお見合いの話を持ってきたの」
「、、、、、、」
「断ったわ。受けるつもりはないって。そしたら、、、、」
「話の流れで俺のことも言った」
「うん」
「それで」
「同じ大学で絵を専攻してる。そこまで言ったら」
「反対されたろ」
「、、、、、、」
「わかるよ」
「それで、一度連れて来いって」
「、、、、、、」
「ごめん」
「何で謝るんだ」
「だって、一番大事な時なのに。もっと上手く話しができれば」
「アヤノ、会ったとして話す余地はありそうなのか?
もし絵を諦めたら、認めてもらえそうなのか?」
「リュウヤの気持ちを大切にしたいなら、絵は難しいって言われたわ」
「そっか、、、、」
やはり両方は手に入らないのだろう。
どちらかを選ぶなら、手にしたいのはアヤノとの未来。
「わかった、会うよ」
「絵を諦めるの?」
「まだわからない。問答無用で諦めろって言われるかもしれないし」
「リュウヤ、、、、」
「とにかく会ってみよう。何もわからないんだから。先のことはそれからだ」
「あたしが好きなのは、リュウヤだからね」
「ああ」
リュウヤがアヤノの家を訪れたのは、次の休日だった。
自分の住んでいるマンションの何倍あろうかという邸宅だ。
「アヤノ、、、待ってろよ」
リュウヤは背筋を思いっきり伸ばして一歩を踏み出した。
「リュウヤ」
アヤノが玄関に出ていた。
「そんな不安そうな顔するな」
「でも、、、、」
「金はないけど、気持の上では負けないから」
こくりと頷き、2人でリビングに入る。
すでにアヤノの両親はソファーについており、リュウヤは父親の正面に座った。
「初めまして」
「君がそうか。話は聞いた。絵を専攻しているそうだね」
「はい」
「画家を目指しているのか」
「目標は画家を仕事にすることです」
「それで食べていける自信があるかね」
「父さん、そんな言い方」
「アヤノ」
母は、割って入らないよう無言で促した。
リュウヤは一度手元を見て、父親に向いた。
「自信はありません。ましてすぐ仕事にできるなんて思っていません。
就職はします。でも、趣味の範囲でも絵は続けたいと思っています」
「あなた、卒業まで様子をみてもいいんじゃないかしら」
「父さん、お願い」
父はリュウヤを見た。
「試させてもらおう」
「何をですか」
「今年は芸術祭がある。それは知っているな」
「はい」
「全国区で入賞できたら認める」
「父さん、、、、」
それは絵を諦めることよりも難しいハードルだ。
大学でも挑戦者はいるが、入賞の話はめったに聞かない。
「そんな、、、、そんな無茶言わないで」
「アヤノ、お前は彼を信じていないのか」
「そうじゃないけど、でもあの芸術祭は一番レベルが高いのよ。プロだって」
「最優秀を取れとは言っていない。入賞の1人に入ればいい」
「でも」
「私が話しているのは彼だ」
リュウヤを見る父の眼も真剣だった。決戦に挑む武将のように。
分の悪い戦いかもしれない。だが可能性はゼロではない。
「わかりました。受けます」
「リュウヤ、、、、、」
「気骨はありそうだな」
「では、本日はここまででよろしいですか」
「ああ」
「失礼します」
リュウヤは席を立った。リビングを出たリュウヤをアヤノは追いかけた。
「リュウヤ」
「できるとこまでやってみる。あとのことは結果がでてから考えよう」
「あたしにできることがあれば、何でも手伝うからね。無理はしないで」
「うん」
リュウヤを見送ったアヤノは、自室へ直行した。
その足音を聞きながら、夫を見る。
「昔の私たちみたいね」
「若かったよ、あの頃は」
「入賞できなかったら本当に諦めさせるつもりなの?」
「結果が出てから考える」
こうして戦いの幕が開いた。