回顧録
悠夜、珂晶の昔話です。
テキストのみで写真はありません。
「悠夜、どうですか」
「毎日すみませんね。ようやく目が覚めました」
シェスタは毎日様子を見にやってきた。珂晶が心配した、人がよすぎるという部分をよく分かっているからだ。
「けっこうかかりましたね」
「傷が傷だから」
「それで、何処の誰だったんです」
「それが、何も覚えていないんです。珂晶という名前くらいで」
「悠夜、、、、まさかそれでも、ここで預かっているっていうんじゃないでしょうね」
「いますよ。ここに」
シェスタはあからさまに驚いてみせた。いくら人がいいといっても、ここまでくれば長所ではなく短所でしかない。
「お人よしにも限度がありますよ。目が覚めたなら、それこそ役人に知らせて調べてもらったらどうなんです」
「名前だけでは調べようもないでしょう。それに、わからないふりをして騙しているようにも見えません。
あんなに、、、、怯えているのに」
「覚えていないのが本当だとしても、追われている犯罪者だったらどうするんです」
「自分が危なくなるようなことまではしませんから、大丈夫ですよ」
「まったく、、、、」
お人よしである一方、頑固なことも知っている。何を言ったところで、珂晶を突き出すことはしないだろう。
「あなたが心配してくれていることもわかってますから。ありがとう」
「そんな悠夜だから、、、、ですけどね」
時計が鳴った。そろそろ酒場へ向かう時間だ。
「もうこんな時間か。シェスタ、少しだけ待ってください」
奥の部屋へ入った悠夜は珂晶を連れて戻った。
「珂晶、彼がシェスタ。一緒にあなたを運んでくれた友人です」
「、、、、珂晶です。助けてくれて、ありがとうございました」
「いいえ。どうしたしまして。悠夜から聞いたけれど、何も覚えていないそうですね」
「ええ、、、、」
「もし、あなたの存在が悠夜にマイナスになるなら、それなりのことはさせてもらいますよ」
「シェスタ、言葉は考えてから言ってください」
「いえ、悠夜。その通りだから」
珂晶はひるむことなくシェスタを見た。
「助けてくれたあなたや悠夜に迷惑をかけたくありません。
もしも、私のせいで危険なことに巻き込みそうになったら、私からは手を引いてください」
「珂晶、、、、」
「ありがとう。よく、そこまで言ってくれましたね」
珂晶の言葉が上辺だけの取り繕いでないと、シェスタは信じられた。もう少し、様子をみていてもいいだろうと。
「と、急がないと遅れるかな。それでは、この辺で。あなたを見つけたのが悠夜でよかった」
「、、、シェスタにも悠夜にも同じように感謝してます。ありがとう」
シェスタが出て行くのを見送り、悠夜は珂晶に向き直る。
「もう少し言いようがあるだろうに」
「シェスタの考えのほうが、普通ですよ。悠夜は優しすぎるから」
「お互い様かな。珂晶だって、何も分からないこんな時に、人の心配ができるのだもの」
「悠夜、、、、」
珂晶はそっと、悠夜に体を寄せる。
「わからなくてもいい、、、。このまま悠夜といたい」
「、、、、、、きっと、大丈夫」
ささやかな願い。だが、それを脅かすものが近くまで来ていた。
更に数日がすぎたある日。
いつもどおり、シェスタは酒場に向かっていた。店が見えたところで、中から数人が出てきた。
まだ開店前のこの時間。気の早い客だと思いながら店に入った。
「こんにちは」
「今日もよろしく頼むよ、シェスタ」
豪気な店主の声がかかる。
「随分気の早い客がいたんですね」
「ん?ああ、さっきのか。いや、人を捜してるって言ってたな」
「、、、、、、」
ふと、思い当たった。もしかしたら、、、、
「どんな相手?協力しましょうか?」
「詳しくは知らないが、珂晶とかいう男を捜してるってさ。理由までは言ってない」
「、、、、珂晶ね」
「知ってるのか?」
「いいえ。その名前は覚えておきます」
にこやかに返し、仕事の準備にかかった。
そして夜。店を開けてしばらくすると、あの男たちがやってきた。
さりげなく近づいて聞き耳を立てれば、やはり他の客に珂晶のことを訊いている。
あの珂晶に間違いないだろう。
酒場を拠点にして探し回っているのなら、場所が場所だけに広まるのは早い。
分が悪いのは悠夜と珂晶のほうだった。
「急いだほうがよさそうだな」
仕事を終え、そのまま悠夜の家に向かった。
雨音の中に、かすかに玄関をたたく音がした。
「こんな雨の中誰だろう、、、」
扉越しに声をかける。聞こえたのはシェスタの声。扉を開けた。
「少しいいですか」
「ええ、入って」
玄関先で雫を払い、中へ入った。リビングを見渡し、珂晶がいないことを確かめる。
「酒場で少し気になることがありまして」
「、、、珂晶に関係することなんですか?」
「珂晶のこと、捜し回っている男がいますよ」
「、、、、、、」
「あまり友好的には見えませんでしたね」
「、、、、刻印、か」
「悠夜?今、、、刻印と?」
「珂晶は、刻印を背負う者です」
珂晶を捜している男。おそらくは、刻印を与えた主だろう。
逃げ出してきたのだから、今連れ戻されれば相応の扱いをされる。
「シェスタ、珂晶のことは黙っていてもらえませんか」
「自分から面倒ごとを抱えなくてもいいでしょうに。私が黙っていたっていずれ捜し出すでしょう。
それに、この町は刻印を持つ者を受け入れていない。公になれば、悠夜だって咎め無しというわけにはいきませんよ」
「わかっているつもりです。けれど、珂晶が戻ればどんな扱いをされるかの見当もつく。
そもそも、刻印は誰かの所有物の証、主に絶対服従が運命だなんて、そっちのほうが間違ってるんだ」
「、、、、、」
「、、、、、公になったその時のことは覚悟の上です。でなければ、刻印を見つけたうえで匿うなんてしませんよ」
「ま、、そういう悠夜だから、私も付き合っているのだけれどね」
「シェスタ、、、、」
「わかりました。他言はしません。だけど、用心はしてください」
「ありがとう」
「なに、物好きなだけです。では」
シェスタを見送り、悠夜は珂晶の部屋に足を向けた。眠っている珂晶にそっと触れる。
「ん、、、悠夜、、、」
「起こしましたか」
「、、、何かあったんですか」
「、、、、、」
黙っていたほうがいいのだろうか。隠し通せるなら、そのほうがいいのかもしれない。
だが、酒場で訊きまわっていたとなれば噂が広まるのは早いだろう。
尾ひれがついていずれは伝わる話なら、今のほうがいいかもしれない。
「あたなのこと、酒場で捜している男がいたそうです。シェスタが知らせてくれました」
「え、、、、」
「まだ、何も思い出せない?」
「はい、、、、」
「場所が場所だから噂になるのも早いでしょう。どんな尾ひれがついてくるかもわからない」
「悠夜、、、、」
自分が追われている理由はわからない。
けれど、このままでは悠夜とシェスタを巻き込むことはわかる。それだけは、しなたくなかった。
「、、、今まであるがとう。会えたのが悠夜でよかった」
「、、、行くあてなんかないでしょう」
「きっと、どうにかなりますよ。一人でも。これ以上、迷惑をかけたくない」
「もう少し考えましょう。安全な方法を」
「でも、、、」
「せめてもう一日。ね」
「悠夜、、、、」
あと一日。だが、その一日がどんな結果になるか。知るはずも無かった。