白銀の名のもとに


統括の居城の敷地内には私的空間としての別棟がある。

ルトヴァーユにとって統括という立場を考えなくてすむ唯一の場所だった。

その別棟の一角を住まいとしている白の双翼がいた。

白と黒がまだ争っていた頃。

黒の手で塔に繋がれ、気の遠くなるような長い時間をすごしやっと解放された軍の将イーリス。

イーリスは知った相手も戻る場所もすでにないのだからと、ルトヴァーユに仕えることを望んだ。

そしてルトヴァーユもそれを受け入れたのである。

離れに戻ったルトヴァーユはイーリスの部屋へ足を向けた。

「イーリス」

呼びかけに返事はない。

「入りますよ」

一声かけて部屋に入ると、イーリスはソファーで横になっていた。

隣に立っても気がつかないところをみると、眠ってしまっているのだろう。

長く蒼い髪は水のように流れ
同じ色のローブは足元までを緩やかに覆う。

女性といっても違和感のない顔立ちでまどろむ姿は
目覚めを待つ眠り姫といったところか。

「イーリス、おきて」

「ん、、、」

ゆっくりと瞳が開いた。

「あ、、お帰りなさいませ」

「ソファーでは体を痛めてしまいますよ」

「いえ、、、え?」

はたと己を眺め、慌てて肌蹴た胸元を直した。

「失礼いたしました!(な、、なんて格好で)」

「公の場ではないのだから、かまいません」

「でも、、あの、、」

下を向いたままのイーリスに追い討ちをかけるような言葉が続いた。

「それに、似合っていますよそのローブ。まどろむ姿は、目覚めを待つ眠り姫かと思ったくらいだから」

「姫って、、、」

もちろんルトヴァーユに悪気もからかうつもりもないのだが
イーリスはがっくりとへこんだ。

(前にも違うところで同じ事を言われたような。これでも男なのだけれどな、、、)

肩を落としたイーリスに今度はためらいがちな声がかかる。

「その、、褒めたつもりだけれど、、気を悪くさせたのならすみませんでした」

「褒めてくださるのは嬉しいのですけれど、、私も一応男ですから、、、、」

イーリスからは大きなため息が落ちた。

が、ここで落ち込んでもしかたがないと気を取り直し
ルトヴァーユに向き直る。

「お見苦しいところを失礼いたしました。何かご用意しましょうか」

(、、、白銀は白銀としてしか見られないのか)

白銀としてではなく、この世界で生きている同じ住人として向き合える。

それこそ弱音も言える相手になってほしい。

それがルトヴァーユのイーリスに対する望みだった。

だが、道のりは険しそうだ。

「少し付き合ってもらえますか」

「え、、、あ、はい。すぐに支度を」

「ここでですよ」

「ルトヴァーユ様?」

ルトヴァーユはキャビネットからボグラスを取り
軽く注ぐと一つをイーリスに差し出した。

「、、、、いただきます」

「ここだけの話なのだけれどね」

「はい」

「この世界に白銀は必要だと思いますか」

「な、、何を!?」

驚くイーリスを、ルトヴァーユは変わらずの穏やかな眼差しで見る。

「白の統括と黒の統括がいれば世界は動く、そんな気がしたんです。
 実際、前任カルサイト様が不在だった間に争いは停戦という形で終わり、この世界は続いていたのだから私がいなくても支障はない」

「ルトヴァーユ様、何があったんですか」

イーリスの問いにルトヴァーユは答えなかった。

それは自分の問いに対する答えを求めているようにも取れた。

「白銀が不在でもこの世界が続いたというのなら
 白銀は必要ないのかもしれません。
 でも、私はルトヴァーユ様にいてほしい」

「、、、、、」

「その翼が何色でも、あなたに
 ルトヴァーユ様にはいてほしと思います」

「、、、、ありがとう」

今のルトヴァーユにとって
イーリスは大きな支えであり、あたたかい存在だった。

手元に置いていることをよく思わない者がいる。それは承知の上だ。

「本当に、あなたが王子を待つ姫君なら名乗りを上げたいけれど」

「ですから私は」

切り返そうとしたイーリスの頬にすっと手が伸びた。

トクンと一つ鳴り、イーリスは言葉が止まる。

「あなたが生き延びてくれてよかったと。
 私がいる今に解放されてよかったと思います」

「ルトヴァーユ、、、」

優しく穏やかな、けれど少し寂しそうな。

だがルトヴァーユ自身、その奥にある想いには気がついていない。イーリスも。

「付き合ってくれてありがとう。お休み」

「、、、お休みなさいませ」

どうにか平静を保ちルトヴァーユを見送る。扉が閉まると同時にソファーに座り込んだ。

「、、、落ち着け、、別に、、何も」

何度目かの深呼吸でようやく胸の音が静かになった。頬にそっと触れてみる。

「私は恩を返したいだけ、、、それだけ、、」

ゆっくりと自分に言い聞かせていた。


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