花の歌


リアドは帰るなり書き物机に向かった。これも最近はいつものこと。

ディアナは邪魔にならない様に、それとなく様子を見る。

そしてリアドがソファーに移ると、お茶とお土産のお菓子を置いた。

「リリアが来てくれたの。あなたと、お父様にもよろしくって」

「変わりなさそうだったか」

「ええ、、、、」

ディアナは口にしていいか一瞬迷い、続けた。

「余計なことかもしれないけど、あまり詰め過ぎないでね。
 夜も遅くなってるみたいだし」

「私の心配をするのか」

リアドの言葉は、リアド自身も突き放しているように聞こえる。

もし目の前にいるのがリアドの想い人なら、頷いてくれるのだろうか。

「あなたにとってはおせっかいよね。でも、ここ暫く忙しく見えて、、。
 もし仕事を引き継ぐのなら、尚更体には気をつけないと」

誰も見ようとしない冷たさは、時々寂しさにも思える。

リアドに望まれてはいない。

判ってはいるつもりだけれど、その寂しさに少し寄り添えたら。

形だけの夫婦。

しかし今のディアナにとって、最も身近な存在でもあるのだ。

だから、まだどこか希望を捨てきれないのかもしれない。

「少しだけでいい、心配させて」

向けられた瞳にリアドは困惑する。

この家で誰かに本気で心配された覚えはない。

父は仕事に忙しく、家の利益のために結婚した母は
父にも自分にも関心を持たなかった。

だから、どう返せばいいのか判らずふいと横を向く。

「あなた、、、、」

気を悪くさせたいのではない。ディアナは静かに背を向けた。すると

「ありがとう」

ディアナは振り向いた。リアドは自分を見ていないが、確かに聞こえた。

でも、今は聞こえないふりをした方がいい気がした。

「あまり遅くならないでね」

そう言って、ディアナは部屋を出た。

その胸には、小さな温かさが残っていた。

 
 

数日後。

「お帰りなさい。、、、、どうしたの」

外出から戻ったリアドは、花束を抱えていた。

「誕生日だろう」

「、、、、私に?」

「いらなければ適当に処分してくれ」

「そんなわけないじゃない」

ディアナは慌てて受け取る。

「嬉しいわ。ありがとう」

「通りかかっただけだ」

「その時に、私の誕生日を思い出してくれたんでしょう。それで十分」

生花に何かしらの加工をしたのだろう。光を受け美しく光る。

「水に差さなくてもいいのかしら」

「店の人間はそのままでも大丈夫と言ったな」

「じゃあ好きな場所に飾れるわね。どこに置こう」

ディアナは久し振りに笑顔になった。リアドが初めて見る顔。

「初めて笑ったな」

「、、、、あなたの気持ちがそうさせてくれたのよ」

「花一つでか」

「花とか宝石、物は関係ない。
 あなたが私の為にと思ってくれた、その心よ」

心など、一番当てにならないと思っていた。信じてもいいのだろうか。

「父は仕事ばかり。家の利益のために結婚した母は
 私のことなど気にも留めなかった」

「あなた、、、、」

「最初から望まなければいい。そう思っていた。
 お前は、私を見てくれるのか」

やはり、その心にあったのは寂しさ。ディアナはそっと寄り添う。

「ええ」

その微笑みを、リアドは優しく抱いた。

 
 

2人の間が少しづつ変わり始めたある日。

「急にごめんなさい」

「こっちのことは気にしなくていい。傍に居れば安心するだろう」

ディアナの父が体を壊し、床に臥せたとの連絡がきた。

「ありがとう。長くなりそうだったら、連絡します」

ディアナは実家へと急いだ。その一週間後。

「お帰り。具合どうだった」

「、、、、大丈夫。長引くことはなさそう」

だが言葉とは裏腹に、ディアナな気落ちしているように見えた。

「何かあったのか?」

「父は、あの鉱山を含め事業を譲って引退したいって言ったの。
 相手はあなたか、お父様になるでしょう」

「、、、、気が弱くなっているんだろう。
 回復を待てないほどなら、それも選択しだろうけど。
 医者と話した上での結論なのか」

「そこまで考えなくていい。医者からはそう言われたそうよ。
 でも父は、いずれはそうなる。
 遅いか早いかだけの問題だから、今でいい。
 いっそのこと、自分がいなくなれば全て片付くなんて」

「追いつめてしまったのなら、私達だな」

「あなた、、、、」

「将来はそうなるだろう。私も最初はその為だけの結婚だと思った。
 だが、今は違う」

「、、、、、」

「父の腹づもりは判らないが、信じてくれ」

「あなたのことは信じてるつもり。でも、、、父がもしも」

悪い方向へと考えてしまったら。その不安が消えなかった。

「近いうちに見舞いに行く。
 そして、早い復帰を願っていると伝えてくるよ」

「でも、お父様が退くことを望めば、父はそうするわ」

「だとしてもだ、今日、明日に結論を出す必要はない。
 父には、私から話しておく」

「、、、、、」

「だから、今は休んだ方がいい」

「ありがとう」

リアドは優しくディアナを抱き寄せる。包まれるように身を任せた。

それからのリアドは、忙しい中でも極力ディアナの傍に居た。

そんな中、追い打ちをかけるような知らせが届いた。

「ディアナ様、今ご実家から」

「え、、、、」

過る不安。

「何があったの、、、、まさか父に」

「、、、、姿が見えなくなったと」

「そんな、、、、」

「ディアナ、落ち着いて、ディアナ!」

リアドの声は届かず、ディアナは部屋を飛び出していた。そして

「ディアナ!」

玄関ホールに続く階段の最後を踏み外し、転倒してしまった。

「急いで医者を呼べ!」

「は、はい」

「ディアナ、聞こえるか」

「あなた、、、、」

「父のことはこちらからも捜す。だから悲観的になるな」

「、、、、普通に、、、出会って、、、
 恋をしたかった、、、、あなたと、、、」

「これからだよ、私達は。そうだろう」

「そう、、、ね、、、、、」

「ディアナ?ディアナ!」
 
 


 

『デイアナ、、、、』

『父さんは、、、、』

家に帰ると、迎えたのは母だけだった。母は、静かに首を横に振る。

『嘘、、、、でしょう』

『あなたに、ずっと謝っていたわ。不幸にしてしまったって』

『そんな、、、不幸じゃない。2人で生きていけるって、やっと、そう思えたのに』

『もう遅い、、、、全て』

全てが闇に覆われた。


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