花の歌


「まだ目を覚まさないのか」

「はい、、、、、」

幸い踏み外したのは低い数段だった。

身体にほうに響く外傷も無かったのだが、ディアナは目を覚まさない。

「あれが最後なんてことないだろう。父は無事だったんだよ」

姿が見えなくなった父は、一歩手前で踏みとどまり家に戻って来た。

ディアナの事故を聞き、一日も早い自身の回復がディアナの為だとリハビリを続けながら、ディアナの目覚めを待っている。

「なのに、、、、君がいなくなるのか?そんなこと、、、、、」

諦めそうになる自分に、信じろと言い聞かせ数日が過ぎた。そして

「リアド様、ディアナ様が」

「目が覚めたのか」

「あ、はい、、、、ですが、あの」

「どうした」

使用人はそのまま口をつぐんでしまった。リアドはディアナを休ませている部屋に急いだ。

「ディアナ、、、、よかった」

リアドはソファーにいるディアナの隣に座る。

「痛みは残ってないかい?医者は、大きく響く外傷もないと言っていた。
 でも無理はしないでくれ。、、、、、ディアナ?」

「、、、、、」

ディアナは何も答えず、リアドを見ようともしない。反応が無いのだ。

「どういうことだ、、、、」

「あの、、、目が覚めてから、誰が何を言ってもこのご様子で
 ベッドからはご自分で出たのですが、そのまま外をご覧になって
 ずっと動こうとなさらないんです。
 お座りくださいと言ったら、座ってはくださったのですが、この状態で」

「全員下がれ」

使用人を下がらせ2人になる。

「私が判らないのか?せめて、私を見てくれ」

だが、呼びかけても手を重ねてもディアナは何も返さない。

「終わりにしないでくれ、、、、、あの言葉を最後になんてしないでくれ」

背中で、ドンと大きな音がした。

「雷、、、、降り出したか」

大きな音に怯えたのか、ディアナは耳を塞ぎ震えていた。

リアドは優しく抱きしめる。

「大丈夫、怖くないよ」

すると、ようやくディアナの視線が動いた。

「私が誰だか判るかい?」

ディアナは何も言わずリアドを見ている。

「そうだ、私は何があっても傍に居るから」

ディアナを抱きしめ、リアドは誓いを立てた。

 

それからも、ディアナは反応らしい反応を示さない。

食事を目の前に置き 「お召し上がりください」 と言えば手を付ける。

着替えを目の前に置き 「お召替えください」 と言えば就寝の用意を始める。

急に大きな音がするとひどく怯えた。

そんなディアナに使用人が手を焼く中、リアドは優しく寄り添っていた。

そんなある日。

リアドは仕事も部屋に持ち込みこなしていた。

ソファーにはディアナがいる。

(今日はかかりそうだな)

細かい数字を見ているため、時間がかかりそうだった。

「ディアナ」

ディアナはリアドに歩みを寄せた。

「今日は遅くなりそうだから、先に休んでいてくれ」

ディアナは小さく頷く。これでもリアドには反応するほうだ。

使用人を呼びディアナを休ませると、再び数字に向き合う。

時計の音も遮るような集中力で作業を進め
一区切りつけたところでペンを置いた。

「いつか、、、、それともこのままなのか」

待ち続けるしかない。

リアドはキャビネットからボトルを取り、グラスを満たすと一気に空けた。

 

『ここは、、、』

目の前に広がっていた風景は花畑。まだ幼い頃によく来ていた場所だ。

『夢か、、、、暫く来てなかったな』

背の低い花が広がる風景は、美しい絨毯のよう。

ゆっくり歩いていると、佇む人影が見えた。

『ディアナ、、、、?』

花を摘み微笑んでいる人は、ディアナに似ているものの
同一人物とも言い切れない。

『君は、ディアナなのか?』

手を伸ばそうとした時、風が花びらを舞い上げた。

花嵐の向こうに姿はゆっくりと消えた。

 

「夢、、、、ん?」

目を開けると背中から上着がかけられていた。

「これは、、、、ディアナ?」

振り替えれば、少し距離を置いてディアナが立っていた。

「かけてくれたのか、ありがとう」

ディアナは答えない。だが、ふわりと微笑んだ。

あの事故以来、初めて。

「ディアナ、、、、ようやく笑ってくれたね」

それだけでリアドの胸は詰まる。

「私の名前を呼んでくれないか。リアドと」

「リアド、、、、」

「ああ、、、、そうだ」

天井を仰いだリアドはディアナを抱きしめた。

「リアド、、、、泣いているの?」

「君が笑って名前を読んでくれる。それが嬉しい」

リアドは腕を解いた。

「起こしてしまったんだね」

「まだお仕事?」

リアドは書類に目を向けた。

途中ではあったが、今はディアナの傍にいたい。

「いや、終わりにする。すぐに行くよ」

「はい」

ディアナは静かに部屋を出た。

 

翌日。

「ディアナ、外に出てみないか」

「、、、、、どこに行くの」

「騒がしい場所じゃない。気持ちのいい風が吹くところだよ」

「外は、、、、、」

「何があっても守るから」

不安を見せながらも、ディアナは頷いた。

ディアナを連れてきたのはあの花畑。

開花の時期とは外れているため、草原のようにも見える。

「花は終わってしまっているけど、いい風だろう」

「ええ、、、、」

あの夢の中にいたのはディアナだったのだろうか。

風にさらわれそうで、リアドは手を離そうとしない。

「満開になれば絨毯のようだ。その頃にまた来よう。」

ディアナはその光景を見るように、ゆっくと視線を動かした。

すると、ディアナは小さく口ずさみ始めた。

「どうしたんだい」

ディアナは答えずに続ける。リアドはそっと耳を澄ませた。

(これは、、、、)

自分も後を追ってみる。そして気が付いた。

「ディアナなのか、、、、あの時の」

まだ幼かった頃、この花畑で会っていた少女がいた。

名前を訊くことはなかった。だが、ここに来れば会えた。

その少女が口ずさんでいた歌。リアドも一緒に口ずさむ。

「、、、、リアド?」

「君だったんだね。そうか、、、、私達は会っていたんだ」

「ここ、、、、、どうして、、、、」

ゆっくりと、ディアナが現実に戻ってくる。

「私、、、、」

「どこまで覚えてる」

「あ、、、、、父さん」

駆けだそうとしたディアナの腕を掴む。

「離して、父さんが」

「大丈夫。無事だよ。今リハビリ中だけど、きっと元気になる」

「だって、、、、父さんは」

「夢だよ。悪い夢を見ていたんだ」

「夢、、、、何が」

「ディアナ、、、、よかった」

「リアド、、、、、」

「少しだけでいい。このまま」

腕の中に戻ったディアナがどこにも行かないよう。

そう願い、リアドはただ抱きしめていた。




 


屋敷に戻り、事故から今までを話して聞かせる。

「そうだったの、、、、、父さんも無事なのね。よかった。でも、、、」

ディアナの心配はリアドにも判る。

「父が無理を言いだしたら私が止める」

「リアド、、、、、」

「出来る限り全てで、守るから」

「、、、、、ありがとう」

「ディアナ、この歌覚えてるかい」

「歌?」

リアドは静かに口ずさんだ。暫く後を追ったディアナも思い出した。

「、、、、リアドだったの?昔、あの場所で会っていた」

「そうだよ。君が先にこの歌を口ずさんでくれたから思い出した。
 どこの誰かも判らなかったけど、ずっとのこっていんだ」

(エドの忘れられない人って、、、、あの時の私?)

「普通に出会って恋がしたかった。そう言ったね。
 会っていたんだよ。私達は。そして今、私は君に恋をしている」

「リアド、、、、、」

「これからも、隣にいてくれ」

「ええ、、、、私もきっと同じ」

愛しさを秘めた眼差しで、互いを包んだ。

 

そして季節が巡る。

「この景色を一緒に見ていたのが、あなただったなんて。
 名前忘れていたのかしら」

「いや、名前を言わなかったような気がする。
 それでも、ここに来れば会えた。それだけでよかったんだ、きっと」

「急に引っ越すことになって、暫くして戻っては来たけれど
 ここに足を向けることは無かった」

「でも、また会えた」

「そうね」

微笑んで頷く。

子供の頃に掴んだ運命の赤い糸はゆっくりと引き合い
こうして結ばれたのだった。

 


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