月詠


「どこに向かってるんだ」

牢に戻るものだと思っていた2人だが、どうも違うようだった。

渡り廊下をいくつか越え、樹荊は突き当たりの部屋で止まった。

扉を開けた先は、ごくごく普通の部屋。卓の上には食事が乗っている。

「入って」

従い中に入った。

「どういうことですか」

しごく当然な東雲の問いに、思いもよらない答えが返った。

「宮を出るまでは鍵をかけさせてもらうけど
 牢獄よりはましだろう。一日休んでいくといい。
 それにも、毒なんか入ってないからね」

「あの月詠の考えはさっぱりわからん」

「硝輝」

「国を動かすことで出る犠牲が避けられないのなら
 せめて生き残った者には命を繋いでもらいたい。 
 それ以上の算段も計略も、青藍にはないよ」

「、、、、よくそれで月詠が務まるな」

「手を汚さなきゃならない時は
 あたしたちが鬼になるだけのことさ」

迷うことなくさらりと言い切った。

「実際、冬牙は実行した。
 青藍のために、桂を潰しにかかったろう。
 許してくれとは言わないし、謝るつもりもない」

「ああ、、、、わかってる。
 綺麗ごとだけですむ立場じゃないってことは」

硝輝とて無垢な幼子ではない。

これもまた、時の流れがもたらした人の営みの結果なのだ。

「じゃ、明日ね」

艶やかな笑みを浮かべ、美しい鬼は部屋を出た。


自然と、2人の目線は卓の食事に向く。

ここ数日分を取り戻すかのように、空腹を満たしにかかった。

「むぐ、、、東雲、水」

「慌てて突っ込むからだ。ほら」

皿が空くのに時間はかからなかった。


空腹が満たされた2人はこれからを考えた。

「どうする」

「砦に戻るさ。他に選択肢もない。お前は」

「同じことだろう」

「、、、、東雲、あの月詠の隣で働きたいんじゃないのか?」

「硝輝、、、、」

「私は元から桂の人間だ。争い敗れた。
 過去は過去だと、簡単に割り切れるものじゃない。
 けど、お前は違う。桂にとらわれることはないよ」

このまま青藍のもとで。

東雲にとってはそれも一つの選択肢だし、魅かれもする。

だが硝輝を一人で帰したら、硝輝の身が危険ではないのか。

砦の決め事に反し、自分を助けに乗り込んだ硝輝を
砦は受け入れてくれるのだろうか。

「私のことは考えなくていい」

硝輝は、そんな東雲の心を見透かしていた。

「お前が行きたい道を選べ」

「、、、、、」

青藍が本当に一人なら。

周りの人間が青藍を月詠としてしか見ないのなら
ここに自分が留まる意味もあろう。

だが、ここには揺るがない双璧がいる。

あの2人が青藍の傍らにいるのなら、自分は必要無い。

「私も戻るよ」

「、、、、、」

「あの2人がいれば十分だろう」

「砦にいる限り、月詠は敵なんだぞ。
 また月詠を狙いに動く事だってある」

「わかってるつもりだ。
 私が決めていいんだろう?お前と進むよ」

「東雲、、、、、」

「何日かぶりの寝台だ。一眠りさせてもらおう」

そう言って東雲は瞳を閉じた。

「、、、、ありがとう」

硝輝の一言に、東雲は小さく頷いた。









桂の砦。

東雲と硝輝を見捨てると決定を下したものの、空気は重い。

そんな中に、声が響いた。

「長老!」

「どうした」

「東雲と硝輝が戻ってきました」

「何、、、、、」

ざわざわと人の声が近づく。

そして、この砦を仕切る長老の前に2人が立った。

「戻ったか。月詠はどうした」

「仕留めることはできませんでした。申し訳ありません」

「私も東雲も、処遇はお任せする覚悟です」

「あの双璧を崩すのは難しいということだな」

厳しい司令官の顔が和らいだ。

「無事でよかった。2人とも」

「長老、、、、」

「東雲はともかく、私は砦の決定に背いたのですよ」

「月詠側も暫くは警戒を強めるだろう。
 また仕切りなおしだ。咎めるつもりはない。
 久しぶりに、桂の酒で喉を潤すといい」

「ありがとうございます。東雲?」

「長老、一つだけ聞かせてください」

この砦の一員として身を置くのなら、この場で聞きたかった。

東雲の真剣な眼差しを受けて、長老も腹を決めた。

「桂の、真の姿を知ったのだな」

「内乱で落ち延びた者が建てた村。間違いないのですね」

「そうだ。我々の真の目的は宮の奪還。
 東雲、知ってなお砦に身を置いてくれるのか」

この答えが最終決断になるのだろう。

東雲は青藍の顔を思い浮かべ、一つ息を呑んだ。

「私は桂の皆に助けられ、生かされてきました。
 この砦の一員として、身を置く覚悟です」

「東雲、、、、。よろしく、同胞」

硝輝は東雲に手を差し出し、東雲はその手を受けた。

「(月詠として生きるとお前が決めたように、私もここで生きる。
 道を終えたら、、、、酒でも酌み交わそうじゃないか、青藍)」

届かないとわかっているが伝えたい。

通り過ぎる風に、東雲はそっと言葉を乗せた。









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