


医者の見立ては、やはり頭を打ったことによる一時的な記憶喪失。
記憶が戻るかどうかの判断はつかないとのことだった。
この知らせは矢のように一族に回り、見舞いの品、見舞いの客がひっきりなしにやってくる。
だが、ロシェルを本気で心配している相手は皆無に近かった。
今の状態では当主の立場は大変だろうからと、隠居を促す声ばかり。
それに我慢できなくなったのはエドのほうだった。
レディヴァーレンの当主は、あくまでもロシェル。
今の時点で後続を考える必要などないと、やってきた相手に言い切ったのだ。
相手は、たかが執事の分際でと、捨て台詞を残して帰っていった。
「ずいぶんなことを言ってくれたな」
「申し訳ありません。お叱りはお受けいたします」
当主が執事を選ぶことはあっても、逆はありえない。エドの立場で言えたことではなかった。
静かにロシェルの言葉を待つ。
フゥとロシェルの呟く声が聞こえた。
「いいよ、怒っているわけじゃない。ただ、、」
ロシェルはボトルを開けると、グラスに注いだそれを一息で空にする。
「どうしてそうまで私を庇うんだ」
訊いているともとれない、独り言のようだった。
「ロシェル様がしてくださったことを、そのうちの少しでもお返ししたいだけです」
「エド、、、」
「義務ではなく、私がそうしたいから。嫌でなければ、そうさせてください」
「そうか、、、」
ポンと、ロシェルの手がエドの頭にのる。
「レディヴァーレンについての資料を見られるのは何処だ」
「、、、財産に関することならば、私のほうで用意できます。
歴史に関することなら蔵書庫かと」
「少しずつでいいから、用意してくれ」
「何をなさるおつもりですか」
ロシェルが何をしたいのか、エドにはわからなかった。
それ故の不安が浮かぶ。
「思い出すのを待つんじゃなくて、自分から調べていく。
その辺りを私がわかっていれば、文句を言ってくる相手も減るんじゃないかと思ってな」
「ロシェル様、、、」
「手伝ってもらえるか?」
「はい!」
エドの表情が明るくなった。その笑顔に、ロシェルは救われる気がしていた。
それから、ロシェルはレディヴァーレンに関する資料を調べ始めた。
エドも自分の手が空けばロシェルを手伝い、そんな2人を見て使用人たちがエドを手伝うようになった。
だが、知識として覚えることは出来ても記憶は戻らない。それは嫌でもロシェルを苛立たせる。
その苛立ちを振り払うかのようにロシェルは作業に没頭した。
「ロシェル様、昨日申し付けになられた分ですが」
「ありがとう。あと、これの過去2年分くらい出せるか?」
「大丈夫ですか?あまり詰められても」
「大丈夫だよ。お前のほうこそ、休めるときは休んでおけ」
そう言うロシェルの目は手元の資料を追ったまま。以前なら言葉だけを返すことはしない。
束ねた資料を抱えて立ち上がったときだった。
「ロシェル様!」
ぐらついたロシェルの身体をとっさに支える。
「、、、たいしたことない、、、」
けれど、言葉とは裏腹にロシェルは動けなかった。
エドの肩をかり、どうにかソファーまで動く。
「お願いです。お休みになってください。食事にだってほとんど手をつけないし
このままでは身体のほうがもちません」
「、、、私がここにいるためには必要なことだ」
「ロシェル様、、、」
「追い出されたところで何が言えるわけじゃない。
なのに、変わらずにいてくれるお前や使用人たちには感謝してる。
今の私にできることはこれくらしいかないし、そうしたいんだよ」
わからないではなかった。ならばせめて、楽になれる方法はないか。
エドは考えを巡らせる。
「ロシェル様、先代のお部屋をご覧になってみては如何ですか」
「父の部屋?」
「はい。遺言で普段は鍵をかけてあります。遺品もそのまま手付かずですし。
もしかしたら、ロシェル様にだけお伝えしたいことがあるのかもしれません。
少なくとも、数字や文字の羅列だけを見るよりは楽だと思いますが」
「そうだな、、鍵はどこにある」
「お持ちします。けれど、一息いれてからにしてください」
「、、、わかったよ」
それは、太陽が丁度真上にくるころだった。
その部屋は、エドの言葉どうりまだ人が使っているようだった。
家具はもちろん、普段使いの小物まで揃い掃除も丁寧にされている。
ぐるりと部屋を見渡し、壁にかかる肖像画の前に立った。
「私は、、本当にあなたの?」
思い出せることはない。そっと触れると輪郭をなぞる。すると
「ん?」
それは小さな穴だった。描かれた指輪の中心に小さく開けられた穴。
ロシェルはブローチのピンを差し込み、動かしてみる。カタリと何かが鳴った。
額に手をかけるとそれごと引いてみる。ギィ、、、、と重く鈍い音が響いた。
「隠し扉か」
中には更に鍵のかかった箱。錠前ではなく、何かをはめ込むようだった。
大きさは、そう穴のあった指輪の石くらい。ロシェルは指輪を探す。
いくつか貴金属はあったがはまるものは見つからない。
「私の部屋か?」
ロシェルは箱を抱えると部屋をでた。
「ロシェル様、如何でした」
「いいというまで誰もこさせるな」
エドの問いかけには答えずに足早に自室へと向かう。
「ロシェル様、、、?」
エドは待つしかなかった。