街でも有数の資産家レディヴァーレン。

その一族を束ねる若き当主ロシェルの元には、毎日のようにあるものが届いた。

それは見合いの申し込みを意味する写真の山。

だが、当の本人にその気はまったくないようで、積まれていく写真には目もくれない。

今日も今日とて、一日で届いた写真をまとめて執事のエドはロシェルの部屋へと向かう。

「ロシェル様、本日届いた分です」

「適当に放っておけ」

「ご覧になるくらいはなさったらどうですか。
 レディヴァーレンを束ねる御方が一人身といわけにもいかないでしょうに」

ロシェルはエドの前に立つと頭に手をのせくしゃりと撫でる。

「年季のはいった年寄りの執事じゃあるまいし、お前まで言うか」

ロシェルは笑いながらエドを見る。実際、エドはロシェルよりも年下だった。

ロシェルの父である先代が幼少から執事として育ててきたため
仕事に不安はなかったが、若すぎるという声は多かった。

何より、エドはメイドの連れ子。

正式に執事として屋敷の内実一切を任されたときは猛反発をくらったが
先代とロシェルはそれを押し切った。

2人が庇い続けたことと実際の仕事ぶりもあって
今では他の使用人たちからの信頼も厚い。

「確かにロシェル様から見れば執事としては若輩ですが、これも仕事と思っております。
 、、、ここまでとは思いませんでしたけれど」

そう言って背中を向けたエド゙をロシェルは優しく腕の中に収める。

「年を重ねただけの骨董のような執事より、お前のほうがよっぽど頼りになるよ。
 もうすぐ誕生日だろう。何か欲しいものあるか?」

「そのお言葉だけで十分です」

同列には置くまいと、そう思ってはいるけれど、エドは手を重ねて目を閉じる。

母親はすでに亡く、育ててくれた先代も他界している今
エドにとってロシェルの腕の中は唯一安らげる場所だった。

その暖かさを胸に留め、エドはそっと腕を解いた。

「明日は鉱山の視察でいらしたはずです。あまり遅くならないうちにお休みください」

「お前のほうは終わるのか」

「はい」

「ん、ならいい」

「御前、失礼いたします」

礼儀正しい一礼をし、部屋を出て行く。

もう少し、楽になれないかと思う。せめて2人だけのときには。

他に年が近い相手もいないため、主と執事というよりは兄弟のような感覚だった。

もしかしたら、本当にそうなれるかもしれない。

だが、エドにとってどちらがいいのかはロシェルには分からなかった。


翌日、ロシェルは所有する鉱山の視察に出た。留守の間、一切の権限はエドに移るがそう仕事が変化するわけではない。

予定では3日ほど。1日、2日と過ぎ3日目になった。

だが、帰るはずの時間になってもロシェルが戻らない。

予定を過ぎることはあっても、連絡がないことは初めてだった。

眠る気にもなれず、エドはロシェルを待った。そして夜明けが近づいたころ、ロシェルが運び込まれた。

屋敷へ戻る途中の、馬車の横転事故だった。頭を打ち付けたロシェルは意識不明のうえ、昨夜は高熱が引かなかったという。

街の医者へ運ばれ、熱が引いたところで屋敷へと戻された。意識はないままで。

ベットを整えロシェルを横たえると、エドは他の使用人を下がらせ静かに眠り続けるロシェルを見つめる。

「あの夜が最後なんてこと、、、、ありませんよね?」

答えは返らない。

「何があっても、レディヴァーレンを束ねるお方はあなただけです。
 それだけは守り貫きますからね、絶対に」

以降、ロシェルの名代としてエドの元には報告や決済が山のように回ってくる。

それでも、手の空く僅かな時間はロシェルの傍を離れようとはしない。

回りがいくら言ったところで、聞き入れようとはしなかった。


その日も、同じようにロシェルの傍で過ごしていた。

眠り続けたまま時間だけが過ぎていく。

近い親族からは、いつまで待つのか
次の当主をどうするかといった話も出始めた。

口を挟める立場でないことはわかっているけれど
そんな言葉が耳に入ってくるたびに、エドは悔しくてしかたがない。

目の前にいるのに。まだ生きている。暖かい。

「ロシェル様、私がお仕えしたいのはあなただけなのですよ」

このまま目覚めなかったら、そんな最悪の考えまで浮かんでくる。

「お願いです、、起きてください。目を開けて、、」

「、、、う、、、」

重ねた指先がピクリと動いた。

「ロシェル様、、?ロシェル様!」

「、、、、、、ここは、、」

瞳を開け、ゆっくりとあたりを見渡す。そして、エドを見た。

「ロシェル様、わかりますか?」

「、、、誰、、だ、、」

「、、、ロシェル様、、、そんな、、」

「私の名前なのか?」

「、、覚えていらっしゃらないのですか?、、何も?」

何かを考えようとする。だがひどい頭痛がそれを許さなかった。

「、、、教えてくれ。ここは何処だ?私はどうして此処に居る?何があったんだ!」

ロシェルは力任せにエドの腕を掴んだ。エドは優しく、その手をとる。

「落ち着いてください。順番にお話しますから。
 あなた様はこのレディヴァーレンを束ねるお方。
 ロシェル・レディヴァーレン様です。
 鉱山の視察から戻られる途中で、馬車の横転事故があったのですよ。
 頭を打ち付けてしまったので、一時的な記憶喪失なのでしょう。
 今日はもう夜も遅いですし、明日ドクターを呼んでおきます」

「ロシェル・レディヴァーレン、、、」

「はい。どうぞ、何なりとお申し付けください。
 出来ることは、精一杯お手伝いいたしますから」

「お前は?」

「失礼いたしました。執事のエドと申します」

「、、、、、私はここにいていいんだな?お前を信じていいんだな?」

エドは一瞬ためらったが、ロシェルをそっと抱き寄せた。

「ロシェル・レディヴァーレンの名を持つのはあなた様だけです。
 誰が何と言おうと、私がお仕えしたいのは今目の前にいるあなただけ。
 どうか、信じてください。この言葉を違えた時は、命をもってお詫びいたします」

「エド、、」

その腕の中で、ロシェルは知らずに涙を落としていた。


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