

マスカレード(V)
ほとんど眠れぬまま迎えた朝。身支度を整えるとアントワネットはルディの事務所へと向かう。
呼び鈴を鳴らしてみたが何の反応もなかった。鍵は下りたまま。
「ルディ、いないの?」
昨日の今日で何処に行くというのだろう。眠っているのだろうか。
アントワネットはざわめきたった。何か、何かが残る。
アントワネットはレイスとガレリアのいる宿へと向かった。
「ルディさん?いえ、こっちには来てないけど」
「そう、、眠っているだけならいんだけど」
「違うと思うのか?」
「落ち着かないの。昨日のルディがどうしても残って」
レイスは少し考えると銃を手に取る。
「壊すしかないだろう。行くぞ」
三人で扉の前に立った。鍵が下りているのを確かめると、迷うことなく撃ち抜く。
「ルディ、いないの」
「ルディさん」
声はもちろん、物音さえも返らない。住居部分へと移り部屋を空けていく。
寝室を見つけベットを窺うと綺麗に片付けられたままだった。
レイスは手を当ててみる。冷たく、人がいた形跡はない。
「夕べは帰ってないな」
「そんな、何処へ、、レイスあれ」
ガレリアが見つけたのは旅行用のトランクだった。
中を開ける。支度は終わっていた。
「あいつ、ここを出るつもりなのか」
「でも、まだ街を出てはいないってことだよね。
レイス、ルディさんの行きそうな所知らない?」
「あの伝承に関わりのある場所だな」
「それって、、、」
「ルディの様子が気になりだしたのは青年役を引き受けてからだろう。
関係のありそうな場所を回ろう。馬車を拾ってくるから外にいてくれ」
そういうと先に部屋を出る。
「ルディ、、、どうして」
「すぐに見つかります。いつもみたいに、何も無かったように笑って僕たちの名前を呼んでくれる。きっと」
レイスが戻り、2人を乗せると走りだした。
「、、、ん、、朝」
森の奥に女神の涙が溜まってできたと伝えられる場所がある。その湖を守るように濃い緑の葉がうっそうと茂っていた。
あれから戻る気になれず、ルディはこの場所にやってきた。朝までいるつもりはなかったが、いつしか眠ってしまったようだ。
つかの間の幻。
愛していると、そう告げた言葉は心からのものだけれど、全ては炎と共に散った夢。
「行くか、、、」
立ち上がり一歩を踏み出した。と
「、、ん、ぐっ、、」
ぎりと胸が痛んだ。
何かに押さえつけられているかのようにものすごい重圧がかかる。
立っていられなくなり、膝が折れる。
「つっ、、ク、、ゴフッ!」
視界が霞む。倒れこんだルディは身体を丸め、自分で自分を抱いた。
「ルディ!」
「ルディさん!」
わずかに顔を上げ、見えたその先に3人の姿があった。
真っ先に駆け寄ったアントワネットがルディを抱き起こす。
「どうして、、何やってるのよ!」
「、、戻る、、つもりでは、いたんです、、そのまま、、眠って、、」
言葉が続かなかった。
「話は後だ」
大急ぎで引き返す。抱きしめたルディの身体は冷え切っていた。
医者のところへ運び込み、3人は部屋の外で待った。
時計の針を何度も見直し、気の遠くなるようなゆっくりとした時間が過ぎる。
どのくらいがたったのか、初老にさしかかった医者がぱらぱらとカルテをめくりながら出てきた。
「まったく、身体を冷やすことが一番こたえるというのに」
「あの、ルディはどこが悪いんですか」
アントワネットが心配そうに訊いた。
「元々心肺機能が弱いのでな、血の巡りが悪いんじゃよ。身体を冷やすことはその動きを一層鈍くする。
これが真冬だったら、今頃は動きを止めていたじゃろう」
それは初めて知る事実だった。レイスでさえも。
「会えますか」
扉に目を向けてアントワネットが呟いたとき、扉のほうが開いた。
「ルディ、、、」
「、、手間をかけてしまってすみませんでした。ドクター、落ち着きましたから帰ってもいいですか」
「止めても無駄じゃろう」
「私のことはご存知のとうりです」
「待っておれ」
医者は一度この場を離れると小さな紙袋を持って戻った。
「いつもの気休めじゃ。それと、お前さんを心配している人がおるんだから無茶はよすんじゃな」
「気をつけます」
「では、後はお願いしますわ」
のんびりとした足取りでいなくなる。
全員が無言のまま事務所へと戻った。