片翼の行方(U)


風響が動けるようになるまでは塔で静養ということになり、ルネも塔で過ごすことにした。

ゆっくりではあるが時間とともに容態も安定し、ルネもようやく安心できたそんな頃

「風響、あの翼はどうするんですか」

「キュリオはいらないっていってる。ここに置いとくわけにもいかないな。
 有翼側に持っていって、カルサイトの一存ってところだろう」

「あの、もし白銀の統括さまにお許しいただけたら、私がもらうわけにはいきませんか」

「、、、あれを、持っていたいのか?」

「私の中に。背中に宿してほしいんです」

「ルネ、、、、、」

「、、、羨ましかった。私の回りにいる、羽を持った人たちが。
 私よりもずっと前にあなたに会って、風響のこと知っているランスさまやアージュが。だから」

「だから何だっていうんだ。翼があろうがなかろうが、想いは変わらない。
 一番大切なのはお前だ。ずっと言ってきただろう」

「わかってます。疑ってなんか無い。信じたい。だけど、、、」

「、、、、、」

「風響は翼を持った向こう側の人。シャルミラ様とキュリオもそう。アージュも。
 ランス様はキエヌに住む”人”だけど、辿っていけば有翼側に行き着いて、風響と同じ。
 だから、この塔に1人で来れる。私は、、、翼を持たないこっち側に生きてた”人”で、今の私は人とも違う。
 風響のこと大好きです。愛してます。だから、、、風響と同じ物が欲しい。同じ何かで繋がりたいんです」

「、、、、、ずっと考えてたのか?それ」

こくりと頷いた。

「、、、ごめん。気がついてやれなくて。苦しかったよな」

「私が我侭なだけです。風響の隣に居ればいい。それだけのはずだったのに」

「ごめんな」

抱えていたものに気がつかなかった。そんな自分が情けないだけ。傍に居て、大切にしたいはずなのに。

ルネを楽にできるなら、どんなことでもしたい。風響はそう思った。

「、、、カルサイトに頼んでみよう」

「、、、ほんとですか」

「それで、少しでも楽になれるなら」

「風響、、、」

「想いは何も変わらない。だから、お前が望むことを叶えてやりたい」

「ありがとう」


カルサイトに話があったのは、それから更に数日後。

シャルミラが持っていった話を他に気づかれることのないよう、慎重にカルサイトは塔へ下りた。

「あの翼をルネにか」

「統括様のお力でも無理なら諦めます。だけど、出来るなら私にください」

「ま、遊ばせておくよりはましかもしれないな」

あっさりと返った言葉に、2人は顔を見合わせた。

「じゃあ、、、いいのか?」

「どのみち使う用途もない。ルネに宿したところで支障はないだろう。だが、他に知られないようにな」

「え、、あ、はい」

間の抜けた返答にしかならないルネに、キュリオから声がかかる。

「何だか、、、ものすごく不思議。自分の片翼をルネが持つなんて」

「キュリオ、、、私でいいですか?あの、、翼って何か手入れがいるの?そもそも、出したり閉じたりって、どうすればいいんだろう」

冷静に思えば扱いなど知るはずがない。真剣に考え始める。

「出すのも閉じるのも、思えばいいだけだよ」

「思う、、、だけ?」

「何もないところでは、背中は見れないよね。だからまずは、自分の背中に翻る翼を想像してみる。
 想像の動きと同じように、本当に翼が翻るよ。片翼でも音はするから」

「閉じるときも、同じですか」

「うん。そういうこと」

あまり前置きが長くても、かえって不安にさえるだけかもしれない。カルサイトが割って入った。

「言うよりも慣れたほうが早いだろう。シャルミラ、どこにある」

「お持ちいたします。少し、お時間を」

一礼すると、部屋を出た。ほどなく、黒の片翼が目の前に運ばれてきた。

「どうすれば、いいんですか」

「風響にでもつかまってろ。支えはいる」

「はい」

いつものよう、そっと腕に収まる。すぐ近くで鼓動が聞こえた。自分は失ったもの。

その後ろで何が行われているのか、知ることはできなかった。

カルサイトが手にした片翼がふわりと浮く。ゆっくりと抜け落ちて、一枚の翼が無数の羽に変わった。

揺りかごのようにふわりと揺れる。揺れた羽が更に細かく砕けていく。

と、ルネにあるものが聞こえてきた。(これ、、鼓動だ。風響のじゃないもう一つ、、まさか)

すぐ近くで聞こえる、2つ目の鼓動。(だめ、動き出したらもたないよ!)

無意識で風響の腕を強く掴む。

「ルネ、大丈夫。どんな結果になっても、変わらないから」

「風響、、、」

ゆるやかな風がルネを通りすぎ、その風に乗ってちりと鼓動が消えた。

「、、、、終わったぞ」

カルサイトの言葉に、ルネはしがみついたまま振り返る。だが、まだ何も無い。

「ルネ、さっき言ったみたいに」

「翼が翻る様子、、、ですよね」

今まで見てきたその瞬間を思い浮かべてみる。羽音がして翻る翼。自分の姿を重ねて、、、

頭の中で翻った瞬間、音がした。おそるおそる目を向けたそこには、漆黒の翼。

「私の、、、翼、、」

「片翼だけど風響と同じ。おめでとうで、、、いいのかな」

「キュリオ、あなたの」

「僕のじゃない。ルネのだよ」

「これって、動かすときは?」

「さっきと同じ」

なびく翼を思い浮かべる。自分の翼がそっと揺れた。

「同じ”有翼”だな」

「風響っ!」

泣きながらしがみついたルネを優しく抱き返す。何も言わずに2人を残し、カルサイトたちは部屋を後にした。


「嬉しいです。いつも風響に包んでもらってた。私も、風響を包むことができるんですね。
 片翼だけど、あったかいですか?」

「あたりまえだ。想いがたくさん詰まってるからな」

「ふふ、、、、(ぴと)」

寄り添った2人に羽音が届いた。

「、、、、、ここへ飛んでくるのは、カルサイトくらい。戻って、、また来たのか?」

姿を見せたのは、風響の言葉の通りカルサイトだった。そしてその手には、、、黒い片翼。

「、、、どういうことなんだ?まさか、キュリオの残りの片翼じゃないだろうな!?」

「大きい声をだすな。その心配ならしなくていい」

「でも、、、本当にどういうことなんですか?統括様、この翼は一体、誰の」

「、、、争い始めてすぐのころ、犠牲になった黒の統括のものだ。ルネ、その気があるなら双翼にしてもいい」

「私が、、、双翼?確かに、、そうなれれば本当に風響と同じだし、嬉しい、、、ですけど、、」

争い始めた頃、どれだけの時間が経っているのだろう。そして、なぜカルサイトがそれを持っていたのか。

その疑問が、知らずにルネの顔に出たのかもしれない。

「回りが争いに傾く中で、彼女はどうにか争いを収めようとした。だが、回りがそれを許さなかった。
 そして、挙句に同じ黒の手にかかった。まだ私が眠りにつく前だ。傷を負って、私のところに駆け込んで、、眠ったよ」

ルネと風響は互いの顔を見た。そして、翼の持ち主に対するカルサイトの想いに気がつく。

「いつか、きっと、争いは終わる。それを信じたいから、そのときまで翼を手元に置いて欲しい。
 そう願った黒の統括が残したものだ。お前の背に宿して、<泡沫>の今と、これから先を見て行けるなら
 それが彼女にとってもいいような気がしてな」

どこか、寂しげな懐かしそうな顔。初めてみせる表情だからこそ、本気だったのだろうと思う。

「ルネ、受けてくれないか。悪影響はない。それは保障する」

想いは受け継がれてゆく。その言葉を思い出した。永遠ではないから、人は想いを託した何かを残す。

「、、、、わかりました。そんな大事なもの、私でよければお預かりします」

「ルネ、、、、」

「統括様が保障してくださるなら、何もおきないでしょう。翼を残した黒の統括様の想い、叶えてあげたいんです」

「ありがとう。風響、何も無いはずだ。だが、少しでも変化があれば迅速に対処する」

「わかった。手順はさっきと同じでいいのか」

「同じように」

カルサイトに背を向けて、ルネは風響の腕に収まった。緩やかな風がルネの中に翼を運ぶ。

「終わったぞ。広げてみてくれ」

羽音と共に、翻ったのは黒の双翼だった。

「、、、、ありがとう、ルネ」

「あの、白銀との統括様にとって、大切なお方だったんですよね」

真っ直ぐに入ってくる眼差しだった。カルサイトは同じような瞳を思い出す。

「、、、、彼女を失わせた、そんな争いを続ける世界に嫌気が差したから眠りについた。それで答えになるか」

「、、、、ありがとうございました」

「大切にしてくれ」

白銀の翼を大きく翻し、影が夜の空に消えた。

「本当に、愛してらしたんですね。そんな大事な翼、私でよかったのかな」

「私は、お前を選んでくれたこと嬉しい気はするけどな」

「風響、、、、」

「想いは受け継がれていく。いつかの、アージュの言葉どおりか。私には、李凰の形見がきたし」

「それも、、、李凰様と李凰様の大切なお方の想いですものね。大切にしましょう」

「ああ、、、だけど、一番大切にしたいのはお前」

漆黒の双翼が互いを包み込んで重なった。


ルネのほうには痛みも無く、数日後、2人は塔を後にした。

青い天空のように、澄んだ想いを宿しながら。


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