夢使い


並行して同時に存在する2つの世界。

一方には背に翼を宿す命が存在し、もう一方には翼を持たぬ命が存在する。

それぞれに息づく地で、日々の営みは続いていた。


深く茂った森の中。

誰をも通さぬというように、木々が光を遮る。

微かに覗く明りの下を、サイファはただ歩いていた。

「求めたのはそっちだろう。それに忠告はした。
 結果にまで責任はとれないとな」

『わかった』という相手の言葉は
結果を知るなり翻った。

今に始まったことではない。

警告をしても、言葉は翻るほうが多いのだ。

それをどうこう言う気も失せている。

サイファは足を止め座り込んだ。

「疲れた、、、、」

求めに応じ、出来るだけのことはしてきた。

しかし、少しの明りをより多くの闇が覆い隠してゆく。

「もう十分だ。休ませてくれ」

この場所へ続く道には封印をかけた。

何も考えずに、ただ眠りたい。今はそれだけ。

サイファは静かに目を閉じた。


場所は変わり、精霊王の住まう宮。

時の主アズライルは
行き交う精霊を眺めながら目を細める。

「皆変わりなさそうじゃの。何よりだ」

それは子を慈しむ親のようであり、また精霊は
子が親を慕うようにアズライルの傍を揺らいだ。

「アズライル様」

声をかけてきたのは、宮に仕えるリシュナだった。

「リシュナか。どうした」

「少し宮を空けたいのですけれど、よろしいですか」

「我の方に急ぎの用は無いが、困りごとか?」

「いえ、そうではありません。私事で申し訳ありませんが」

「ならばよいが」

「アズライル様?」

何事もそつなくこなすリシュナは
芯のしっかりした頼もしい存在だ。

また傍にいてほしいと望む相手。

時々思う。

泣きたい時に、それを一人で耐えていないかと。

「どんな些細なことでもよい。
 どこまで力になれるか解らぬが、何かあれば言うのだぞ」

「どうなさったんですか、急に」

リシュナからみれば唐突に思えるのだが
それでも無理なく微笑みが浮かんだ。

リシュナもまた、アズライルに信頼をおいている。

「ありがとうございます。その時は申し上げますわ。
 では、行ってきます」

「気をつけてな」

丁寧に一礼をし、リシュナは向きを変えた。

歩くリシュナの艶やかな薔薇色の髪が静かに揺れる。

アズライルは深い愛しさを込めた眼差しを向けて
後ろ姿を見送った。


リシュナが向かったのは墓地だった。

1つの墓標の前に静かに佇む。

「時が巡って同じ花が咲く。でも、あなたの時間が動くことはないのね」

務めの最中に命を落とした白の双翼。

翼にとって、翼の傷は最もダメージが大きい。

懸命の看護も及ばなかった。

同じ花が咲く頃になると、共に過ごしていた時間が蘇ってくる。

「また来るわ」

小さな呟きが届いた。


緑深い浮島。

「リシュナ、、、、」

微かに聞こえた声にリシュナは足を止めた。

「今の、、、、」

ゆっくりと周囲を見るも人影はない。

「気のせい、、、、かしら」

再び歩き出す。

「リシュナ」

二度目ははっきり聞こえた。

「誰なの」

「私だよ」

揺らり。影が浮かんだ。

「君の声を聞いていたら、どうしても会いたくなった」

「まさか、、、、」

「一度だけでいい。手を」

「本当に、、、、あなた」

「リシュナ、、、、」

すっと伸びる指先に触れた。


「アズライル様」

宮に精霊が飛び込んだ。

「どうしたのじゃ。そのように慌てて」

「リシュナ殿が囚われました」

「何だと、、、、何処の誰がそのような真似をした」

無意識で声が荒くなる。

よほどのことがない限り聞くことのない声に
精霊もざわめいた。

「リシュナ殿を捕らえたのは想い。
 少しやっかいかもしれません」

「嘆きの淵ではあるまいな」

器を失いなおも眠れぬ想いが揺らぐ場所。

通称<嘆きの淵>と呼ばれている。

本来なら繋がる道は閉ざされ、揺らぐ想いが
外に出ないよう切り離されている空間だ。

だが、それでもなお飛び出してきたのなら
確かにやっかいといえる。

しかし、それをここで論じても
リシュナが戻るわけではない。

「すぐに参る。案内を」

「こちらです」

アズライルは精霊に続いた。


「あちらに」

精霊が示した先に倒れたリシュナがいた。

「リシュナ、、、リシュナ!」

急ぎ駆けより抱き起こす。

「しっかりいたせ。目を覚まさぬか」

鼓動はあった。しかし指先1つ動かない。

アズライルは周囲を窺った。

「嘆きの淵ではないのか」

封印のかかった門も、また破られた跡も感じない。

嘆きの淵でないならば、悪意を持った何かが揺らいでいた
ということになるが、その気配すらも今は無かった。

「何があった」

精霊が答える。

「声がリシュナ殿を呼んだようです」

「声の主はリシュナの知った相手か?」

「そのようでした。
 悪意と言うほどのものは無かったと思いますが
 あえていうのなら、懐かしさでしょうか」

「、、、、、」

「影が揺らぎ、人の形を取り、触れた瞬間意識が」

「その影がリシュナの意識を抜きどこかへ、、、、。
 嘆きの淵ならば乗り込むものを、一体何処じゃ」

「お役に立てず、申し訳ありません」

嘆きの淵だと断定できるなら
時間はかかっても一か所づつ当たればいい。

だが、今の状況では手掛かりすら見つからない。

「我の声は、もはや届かぬのか?リシュナ、、、、」

無言の答えが返るだけだった。

 


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