宵闇草子


人の絶えないキエヌの大通り。

日の暮れかかった空の下を、セナは一人で歩いていた。

「今夜はこないか」

自分の翼を握っている男ロバートは、仕事が忙しいとかで今夜は来ないという。

あの館でロバートに抱かれる夜が常だったセナは
一人になると何をしていたらいいのか、わからない。

他に時間を潰せる話し相手がいるわけでもなく
長い夜をやり過ごせる場所といえば酒場くらいだろう。

だが、あまり人が多い場所にもいたくなかった。

同じの飲むなら一人部屋で過ごそうと、新しい酒を買うことにした。

しばらく歩いたセナは
ベンチに座っている人物に歩きを止めた。

「まだいる、、、、」

この場所を通るのは二度目だが
同じ相手が同じ場所にいるのだ。

人を待っているにしても
そろそろ諦めてもいい頃ではなかろうか。

今日がいつもの夜なら通り過ぎるが、今夜は一人。

多少のおせっかいで時間潰しが出来るだろう。

そう考えたセナは近づいた。

「具合でも悪いの?」

うつむいていた相手はゆっくりと顔を上げた。

その顔色は言葉よりも明確に語る。

「家どこ。送ろうか」

「いえ、、、、大丈夫」

「あからさまな嘘っていうんだよ。そういうの」

初めての相手に、遠慮の無い言い方を続ける。

「おせっかいだろうね。
 でも相手が悪かったと思って諦めて。歩ける?」

「、、、、、どうか、、構わずに」

相手も相手で折れようとしなかった。セナは腕を引く。

「自分の家を言いたくないなら、病人だって馬車をひろって
 僕のほうの屋敷に連れ込むけど」

聞きようによっては脅しに近いが、それをやりたくないから。

あの鳥かごに他の男を連れ込んだと知れば
ロバートの機嫌を損ねるのは目に見えている。

「どっちがいい」

究極の選択を突きつけられた相手は
諦めの意味でため息を落とした。

「私の家に、お願いします」

「僕は、セナ」

「白竜と」

「馬車拾ってくるから、いてね」

ほどなく2人を乗せた馬車は白竜の家に向かった。


石畳の道を抜け、馬車は港の方向に走り続けた。

やがて、酒場が集まる一角の手前で止まった。

「ここからは歩きってこと?」

「はい」

馬車を下り肩をかしながら少し歩くと、目的の場所に着いた。

白竜は呼び鈴を鳴らした。少し間をおいて別の呼び鈴を再度。

家の中で灯りが揺れて中から声がした。

「はい」

「私、白竜だ」

チェーンで繋がったまま、扉が半分ほど開いた。

白竜は隙間から手を入れて、扉の向こうにいる相手に触れる。

「兄さん、、、、、」

「あなたのお兄さん、動けなくなってたんだけど」

「え、、、、あ、ごめんなさい。今」

白竜の弟、蛍雪が扉を開けて出てきた。

「兄さん、、、ほんと」

「ああ。セナさんに、、、、くぅ」

「兄さん!?」

「話は後で。部屋どこ」

「こっちです」

家に入った蛍雪にセナも続く。

「(見えてないのか)」

蛍雪は、杖を使い、壁に手を添えていた。

ならば、家に入れる時の警戒ぶりも納得できた。

「この部屋に」

「入らせてもらうよ」

「はい」

白竜はすぐベッドに体を沈めた。

「それじゃ」

「あ、ありがとうございました。えっと、、、セナさん」

ゆっくりと前に出る蛍雪を、セナは止めた。

「いいよ、ここで」

「すみません」

セナが部屋を出るか出ないかのところで
ドンと大きな音が鳴った。

空が急に大泣きを始める。

ついていないと、セナから小さなため息が落ちた。

「あの、、、まだいますか」

近づこうと、探りながら蛍雪が動く。

「いるけど」

当たり前なのだが
蛍雪はセナが隣に立っていることもわからない。

「よければ、少し雨宿りしてください。
 多分、通り雨でしょう」

確かに、歩ける状態ではなさそうだ。

「いいなら、そうさせてもらうかな。歩けそうにもないし」

「はい。少しだけ、待ってください」

蛍雪は白竜の傍らに戻り、膝をついた。

セナからは何をしているのか見えないが、別に関心もない。

そのまま待っていると、立ち上がった蛍雪は探りながら前へ進んだ。

「どうぞ」

案内されるより先に歩いたほうが早い気がするが、一応は他人の家だ。

セナはゆっくり続いた。


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