迷子の時計


「そうだったんですか、、、、あるんですね、こんなこと」

こうして時計は、ようやく正しい持ち主の手元に戻った。

「姉さんが二度目にぶつかった相手が
 アントワネットさんの知り合いだったなんて」

「同じ日の同じ場所、同じ物。それが同じ詰所に届いた。
 偶然でしょうけど、そうは思えないってルディとも話したんです。
 それが知った相手の物だった。驚きました」

「俺もです。よかった、無傷で戻って」

「舞夢さんも安心できますね。あ、、、、」

「え?あ、、、、、、」

急いで出てきたのでケーキがそのままだった。

「すみません。せっかく頂いたのに」

かといってもらい直すのも気まずい。そこは、アントワネットも察する。

「いえ。この時計が戻るほうが、舞夢さんも喜ぶでしょう。
 怪我が治って、お店に戻るの待ってます」

「ありがとうございます」

「店に戻りますけど、凪さんは」

「買い物頼まれてるので」

「じゃあ、ここで」

「お世話になりました」

「お互い様です。舞夢さんにも、お大事にって伝えてください」

「はい」

会釈で別れた2人は、それぞれの方向へ歩き出した。

 

夜。

「見えない糸。その通りですね」

一連を聞いたルディは時計をかざす。

「いくつもの偶然が重なった結果だけれど
 このキエヌには本当に女神さまがいらっしゃるのかもしれない」

「次の生誕祭には、いつも以上に感謝を捧げましょう」

「ええ」

生誕祭。

この祭りの間、街にはキエヌを守る女神が人知れず姿を見せるという。

2人は蒼と白で飾られた街を思い浮かべた。

「舞夢さんの怪我の具合は」

「数日の自宅療養だそうよ。折ってはいないから、長引かないとは思うわ」

「時計も戻ったことだし、元気になりますね」

「ねえ、ルディ」

「アントワネット?」

「セナさんは、変わりなかった?」

「鳥は鳥として生きる。それだけだと」

「、、、、、」

セナは以前、ルディを誘拐しレイスを呼び出したことがあった。

今の生き方をセナがどう感じているのか。

それは、2人の心のどこかに常にあった。

「ロバートさんだったわよね。セナさんと暮らしているの」

「ええ」

「レイスとガレリアとまではいわないけれど、鳥と主は変わらないとしても
 その中で少しだけ、温かいものが生まれてくれればいいって
 セナさんのことを考えると思うの」

「、、、、、」

「要らないおせっかいだって、判ってはいるけれど」

「私も同じです」

「ルディ、、、、」

「あの館から送り出した鳥たち。責任が取れる訳ではないけれど
 心にはとどめようと思っています。
 レイスは構っていられないと言うけれど、心はきっと」

「そうね、、、、それしか出来ないわね」

時計に流れた時間を思う。

 

「夢を見ているみたいだわ」

「ほんとだ」

時計を前にした舞夢と凪。

いくつもの偶然が重なった結果に、ただ驚くだけだった。

「でも、これでつっかえが取れただろう。あとは早く治すことだな」

「そうね。早く治してお店に出なきゃ。
 凪は、アントワネットさんとは初めてよね」

「まあ、近所だからすれ違ってることはあるけど
 認識して話したのは初めてだよ」

「素敵な人でしょう。綺麗だし、上品な大人の女性って
 アントワネットさんのような人を言うのよね、きっと」

「、、、、姉さんは、まだってことだな」

「あ、、、何それ。否定できないのが悔しいけど」

「恋人の一人でもできれば違うんだろうけど」

「な、、、、、」

ぼふ、とクッションが凪の頭に命中する。

「姉さん、、、、、上品な大人の女性を目指すんじゃなかったのか」

「明日からにするわ」

顔を合わせた2人のどちからからともなく、笑みが浮かぶ。

「そういう凪はどうなのよ」

「俺?」

「気になる人、いないの?」

「まだかな。おっちょこちょいの姉もいることだし」

「凪、、、、、」

「飲むもの持ってくる」

舞夢が何かを言う前にと、凪はソファーを立った。

「まったく、、、、」

言いながらも、凪の背中を見る舞夢の眼差しは優しい。

何気ない日常。

当たり前だと思っていることが変わりなく過ぎる日々。

それが幸せなのだと、改めて思うのだった。

 
 

一週間後。

「ご心配おかけしました」

「いえ。治ってよかった」

怪我も順調に回復し、舞夢は仕事に戻った。

「でも、こんなことがあるんですね」

「私も驚いてる」

お昼時になり、2人はひと息いれていた。

話題は勿論、あの時計のこと。

「刻印が無ければ、間違ったままお互いの手元にあったのだし」

「アントワネットさんの時計は、数字とアルファベットでしたよね」

「ええ。ルディとの旅行先で買った物なの。
 行った年と、地名の頭文字を入れてあるわ」

「素敵なご主人」

「舞夢さんの時計はイニシャルみたいだっけど
 弟さんとも舞夢さんとも違ったわね」

「あれは、、、、、」

舞夢の声が少しだけ落ちる。

「、、、、ごめんなさい。亡くなった方かしら」

「あの時計、両親の形見なんです」

「、、、、、」

「だから、見つかって本当によかった。
 凪は、最悪出てこなくても仕方ないって言ってくれたけど
 本音はそう簡単に割り切れるものじゃないと思うから」

「そうだったの」

舞夢はそっと時計を手にする。

「毎日大勢の人とすれ違う。
 その中で、一見は偶然に思える出会いもきっと意味がある。
 いつかはこうやって繋がるものなんだろうって、今回は思いました」

「そうね、どんな出会いであったとしても
 お互い必要な存在になる誰かと、出会うようになっているのね」

思うのは自分とルディであり、レイスとガレリア。

「凪さんも、姉思いの優しい方だと思いますよ」

「凪にも助けられてます。
 凪から見たら、おっちょこちょいの姉みたいですけど。
 でも、そんなことを言っている時がきっと幸せ」

「ええ」

お茶も終わった頃合で呼鈴が鳴った。

「さてと、始めましょうが」

「はい」

過ぎゆく日々の中、時計は静かに人の想いを刻むのだった。

 


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