迷子の時計

「ここ。イニシャルが入ってない」

「え、、、、、嘘」

さりげなくではあるが、時計には両親のイニシャルが入っているはず。

だが、それは無かった。

「そんな、、、、、」

「物は一緒なんだ。だから、受け取った時に気づかないのも無理はない」

「物は一緒って、、、、、じゃあ、たまたま同じ時計を持っていた人が
 同じ日に落として同じ詰所に届けられた」

「そういうことだろうな。それと、こっちには数字とアルファベットが入ってる」

凪は時計を渡す。舞夢も灯りにかざして見てみた。

「こんな偶然、信じられないけど、、、、誰の物なのかしら」

この数字とアルファベットがだけを頼りに
本当の持ち主を特定するのは難しだろう。

「これだけで、持ち主を特定するのは難しいよ。
 これ、もう一度詰所戻しておいたらどうかな。
 詰所に父さん達の時計が残ってれば、簡単だけど」

「逆もありえるわね」

「違いは後から入れた彫りだけ。よく見なきゃ、向こうも気がつかないよ」

「判ったわ。明日行ってみる。
 それにしても、、、、時計が迷子になるなんて」

「あるんだな。こんなこと」

「、、、、あなたは何処から来たの?」

2人は時計を見つめた。

 

そしてこちらは、舞夢達の時計が渡ったアントワネットの家。

「詰所に届いていたんですか?」

「ええ。傷一つ無かったわ。すぐに届けてくれたのね」

凪の思った通り、取り違えには気づいていない。

アントワネットは時計をルディの手に乗せる。

「思い出しますね」

「場所の頭文字と年を刻んでもらって」

灯りにかざすと見えるように、土地の頭文字と年を刻んでもらった。

ルディは時計をかざす。だが、あるはずのものが無い。

「これは、、、、」

「ルディ?」

「アントワネット、これは私達の物じゃない」

「え、、、そんな」

「見てください」

アントワネットもかざしてみる。そこで気が付いた。

「嘘、、、、、」

「物としては同じだと思います。
 あの刻印が無ければ、違うと言われても判らないでしょう」

「同じ時計を持った人が同じ日に落として、同じ詰所に届いた」

「そうなりますね。偶然がここまで重なるなんて、信じられないけれど」

物の背景には、持ち主の想いがある。

大切かどうかはそれぞれだけれど、本当の持ち主に戻してあげたい。

それに、自分達の時計が、この時計の持ち主に渡っているかもしれない。

「詰所に行ってみるわ。同じ時計が届いていないか訊いてみる」

「残っていればそこで交換ですむけれど、、、、
 引き取られていたとしても、サインはしているはずですね。
 手掛かりにはなるでしょう」

「そうね、、、、それにしても」

「時計が迷子になるとはね」

見つめる手の中で、静かに時を刻んでいた。
  

翌日の昼。アントワネットに外出の断りを入れ、市場へと向かった。

(まだ詰所に残ってるかしら。引き取られたとしても知ってる人だったら
 、、、、そんな都合のいい話、あるわけないか)

昼時ということもあり、大勢の人が行き交う。と

「おい!前に出過ぎ!」

背中で大きな声と、続けてガタガタと派手な音がした。

振り替えると荷車同士が事故を起こしていた。

人が集まり子供の泣く声も聞こえる。

「大変」

舞夢も事故現場に向かおうとした。そして

「うわ」

「つっ、、、、」

誰かとぶつかった。

「す、すみません」

地面に着きそうなほどの、白く長い髪が揺れる。

「あの、怪我は」

「してないよ、多分。君は」

「私は大丈夫です。あの、もし後から痛み出したら」

「打ってないから大丈夫だよ」

「そう、、、、ですか。本当にすみませんでした」

頭を下げた舞夢は事故現場に向かった。

ぶつかった相手セナは、舞夢の向かった方を見る。

「警備隊に任せておけばいいのに、、、、、帰ろう」

歩き出した足先に、何かがあたった。かがんで手に取ってみる。

「時計、、、、」

もう一度舞夢の後ろ姿を追う。

とはいえ、これが彼女の落し物かは判らない。

近くの詰所は事故の対応で忙しくなるだろう。

帰る道すがらの詰所に預けておこうと、歩き出した。




セナはキエヌで男娼を生業としている。

今は決まった相手が用意した家で暮らしていた。

昼食からの帰り道だった。何度目かの角を曲がった時

「え、、、、っ!」

「と、すみません」

「(また、、、、)もう、どこ見て歩いて、、、、ルディか」

「セナ、、、、怪我は」

ぶつかった2度目の相手はルディ。

「まったく、ついてない日」

「痛むようなら病院へ」

「そうじゃないけど、人にぶつかるの二度目なんだよ、今日。
 それも、ついさっき」

「そうでしたか。、、、、変わりありませんか」

「まあね。鳥は鳥なりに生きてる。それだけ」

「セナ、、、、、」

「心配しなくても、ルディ達にちょかいだしたりしないよ」

セナは、かつてレイスが主だった男娼館から身受けされた鳥。

そしてレイスが鳥籠を壊した後も、籠の鳥として生きている。

レイスという鳥を捕らえたのは、ルディの父。

一時は軋轢も生まれたが、以前ほどではなくなった。

「じゃあね。あれ?」

「セナ?」

「ああ、あった」

セナは舞夢の落とした時計を手にした。それをルディが見逃すはずはない。

「待ってください」

歩き始めたセナの手を、がしと掴んだ。

「、、、、、、何」

「あ、すみません。その時計、セナの物ですか」

「これ?僕のじゃないよ。落し物。
 誰の物かも判らないから、詰所に届けておこうと思って」

「見せてもらえませんか」

「別にいいけど、はい。これ、ルディの?」

「アントワネットが落とした物かもしれないんです」

落した物が更に入れ替わったことまでの説明は不要だろう。

あちらこちらと、ややこしくなる。

光にかざしてみれば、あの刻印があった。

「アントワネットが落とした物です。後から入れた刻印がありますから」

「そう。じゃあ渡しとくね。僕も寄り道しなくてすむし。奥さんによろしく」

ルディが返す前に背中は人の間に消えた。

「鳥なりに、か」

鳥の生き方に口を挟む資格などない。

それでもルディは、空に翼の行方を追ってしまうのだった。




 


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