キューピッド


並行して同時に存在する2つの世界。

一方には背に翼を宿す命が存在し、もう一方には翼を持たぬ命が存在する。

それぞれに息づく地で、日々の営みは続いていた。


「何で、、、絽帆、、、放してっ」

だが、呼べば呼ぶほど強く押さえつけられた。

「もう、、、限界なんだ、俺は」

ついと指を滑らせ、荒く胸元を開けた。

「い、、、嫌だ」

冷たい夜の空気が胸元をかすめる。

「憎まれてもいい」

「、、、、っ!」

喉元に落ちる唇。脇をなぞっていた指がゆっくりと下りる。

そして

「あ、、、い、、や、、絽帆!」



「、、、、っ!」

叫び声で目が覚めた。

「夢、、、、何て夢だ。まったく」

ベットを出て服に袖を通す。

砂を噛みつぶしたように苦い。

「はあ、、、」

望んでいないといえば、嘘だ。

けれどそれは、虎丞を最も傷つけること。

「あんな顔、、、させられるわけない。絶対に」

そう自分に言い聞かせるしかなかった。


自室を出てリビングに入る。

朝のコーヒーをいつもより濃くいれた。

「押さえろよ」

小さく呟いた。

虎丞がリビングに姿を見せたのは軽い朝食が出来あがった頃。

「おはよう」

「いいタイミングで来るな」

「、、、たまには同じくらいか絽帆より早くとは思ってるんだよ。
 一回目が覚めた後、また寝たみたいで」

「期待してないからいい」

「意地悪」

いつものやり取りのはず。だが、微妙に何かが違う。

「絽帆」

「ん?」

「何か、、、、機嫌悪い?」

「、、、、別に」

もちろん、絽帆は否定する。

しかし感じたのは距離感だった。

拒まれているような、そんな感覚。

けれど絽帆が否定するのなら
更に突っ込んだところで怒らせるだけだろう。

「なら、、、いいけど」

「座ってろ」

「うん、、、」

引っ掛かりを残したまま、運ばれた朝食を口に運んだ。


互いに口数が少ないまま朝食を終えた。

出る支度をする絽帆に目を向けつつ
テーブルを片付ける。

「今日遅くなるって言ったよね」

「ああ」

絽帆は背中を向けたまま。

残るもどかしさに耐えきれなかったのは虎丞だった。

「僕なの?気に入らない何かがあるなら言ってよ。
 言うとおりに出来るかはわからないけど」

「虎丞、、、、」

そんな虎丞のいじらしさも、今は胸に苦しくて。

「お前じゃないよ」

「絽帆」

「俺が、自分で解決しなきゃいけないことなんだ。
 だから、今は何も言わないでくれ」

「、、、、、」

「じゃあな」

額に口づけをおとし、絽帆は家を出た。

背中を見つめているであろう瞳を、心に映しながら。


仕事相手との早い夕食を終えた絽帆は町を歩いていた。

傷つけたくはない。

けれど、愛し求める心は止められず天秤は大きく揺れる。

バランスを崩し、してはならないことをしてしまいそうで
家に足を向けるのがためらわれた。

どのみち、帰るしかないとわかっていても。

横を馬車が駆け抜ける。

と、自分を追い越したその先で声がした。

「ん、、、、」

馬車は過ぎ去ってしまったが、立ちつくしている人がいた。

足元には水たまり。想像はついた。

跳ね上げてしまったのだろうう。

「止まって様子を見るくらい出来るだろうに」

絽帆は近づいた。


「大丈夫ですか」

「え、、、、まあ、何とか」

だが、しっかりと水を被ってしまっている。

「家は」

「森の近くなんですけど、、、、
 あ、大丈夫です。歩いて帰れますから」

(森って、、、濡れたままそこまで歩くのは)

近いといえる距離ではないだろう。

声を掛けておいて、このままという気にもなれない。

「私の家が近くです。寄ってください」

「でも」

「暖かいといえる陽気ではないし、そのまま戻るのは
 やめておいたほうがいいと思いますよ」

「ご迷惑になったら」

「軽く拭きとるだけでもどうぞ。怪しい者じゃありません」

警戒を見せる相手に丁寧に返す。

すると相手は、間を置き考えた末頷いた。

「すみません。じゃあお願いします」

2人並んで歩き出した。

並ぶ感覚は虎丞のそれと近い。

「家が森に近い場所じゃ買い物も不便でしょう。
 いつも歩いて市場まで?」

「はい。でも、もう慣れました。
 それに買い物っていっても本当に
 必要な物だけにしてるから」

瞳は色の異なるアメジストとエメラルド。

どこか幼さの残る、柔らかい印象だった。

「名前、いいかな。俺は絽帆」

「あ、気がつかないでごめんなさい。キュリオです」

「綺麗なオッドアイですね。
 似た色は見たことあるけど、こんなにはっきりと
 違う色目は初めてです」

「僕も初めて見た時は、自分なのに驚きました。
 気味が悪いって言われた頃もあったけど」

それでなくとも、命を得て目覚めた時点で異端だった。

この瞳は、蔭口のいい材料になってしまった。

それでも、今自分がここにいるのは
手を差し伸べてくれた人がいるから。

「こう言ってくれた人がいたんです。
 澄んだ綺麗な瞳で物事を見ることが出来るのだから
 自分の心で、自分からその瞳を曇らせないようにって」

「、、、、」

「いろいろあったけど、その人と一緒に暮らしてる今を
 よかったって、そう思えます」

「一緒に住んでる人は哲学者かな。
 言葉だけで他者を救えるなんて、たいした人ですね」

「そんなに堅苦しい雰囲気じゃないけど
 僕を生かしてくれた人です。シャルミラは」

素直に笑顔を向けることができるのも
その言葉を渡してくれたシャルミラの存在が大きいのだろう。

そして朝の虎丞を思い出す。

不安げな、戸惑っているような。

キュリオを連れて帰ったことは
その理由を正直に話せばいいだけ。

だが、どこかに虎丞が外に出ていればいいとの
思いもあった。

そんな想いのすれ違いが、大きな波紋を呼ぼうとしていた。







   BACK   NEXT