背負うべきもの


カタカタと規則正しい音をたてながら、馬車は石畳を走る。

他家の夜会に出席した帰り道。カーネリアもリシャールも言葉少なだった。

突然、ガタリと大きく揺れ車体が傾いた。

「カーネリア!」

リシャールは庇うように腕に抱く。

「怪我は」

「大丈夫」

幸い横倒しにはならず、2人とも怪我はない。状況を確かめようと外に出た。


「道が悪かったようですね」

リシャールは言葉使いを切り替える。

「ぬかるみに車輪をとられたか。溝にはまったんだな」

御者が駆け寄ってきた。

「カーネリア様!申し訳ありません」

「怪我はない。ここにいるから新しい馬車を調達してこい」

「はい。すぐに」

クロシェの嫡男を外で待たせるなど、あってはならないこと。

御者は駆け出した。

「すぐに見つかればいいのですが。寒くありませんか」

「ああ」

運の悪いことが重なってしまう。

叫び声はカーネリア達に向けてだった。

「どいてくれ!」

「何だ」

「な、、、、」

一瞬だった。

カーネリアは抱きかかえられ視界が塞がれた。

体が浮いた気がする。そして見えたのは

「リシャール、、、、、?リシャール!しっかりしろ!」

「う、、、、」

やはりぬかるみに足を取られた馬車が
制御不能になったのだ。

横倒しになり、その衝撃で軸から外れた車輪が
とっさに庇ったリシャールを襲った。

「、、、、無事、、、か」

「ああ。お前が助けれくれた。お前のおかげだ」

「よ、、、かった、、、」

ことりと、カーネリアに伸びた手が落ちた。

「リシャール?おい!」

「、、、、、」

集まってきた通行人と警備隊に、カーネリアは向いた。

「荷台でも何でもいい。運べるものはありませんか」

中の一人がためらいいつつ出る。

「クロシェのご子息でいらっしゃいますよね。
 使用人はともかく、何でもいいというわけには」

「ふざけるな!」

鋭い一喝が飛んだ。

「家名と人の命と、どっちが大切だと思っている!
 己を盾に守ってくれた相手をないがしろにするなど
 そのほうがクロシェの恥だ」

「も、、、申し訳ありません」

どんな場面に遭遇しようが
カーネリアは堂々たる次期当主。

その威厳は、周囲を圧倒するのに十分だった。

「店で使ってる荷台ならあるでよ。
 それでいいかね、坊ちゃん」

別の男が声を掛けた。

「お願いします」

そこに、ようやく御者が帰る。

「カーネリア様!?いったい」

「別の馬車の横転事故だ。リシャールを病院へ運ぶ。
 お前は家の馬車を立て直して、父さんに連絡を入れてくれ」

「は、はい」

あたふたと御者は再度駆けだした。

「助けるからな。諦めるなよリシャール」

ガラガラと鳴らしながら、荷台が運ばれてきた。

「ほら、乗せな」

「ありがとう」

リシャールを乗せ、病院へと急いだ。














「リシャール」

懐かしい声が呼んだ。

「ん、、、、、」

ゆっくりと起き上がり部屋を見る。

「リシャール」

姿は見えない。だが確かに聞こえた。

「どこ、、、だ、、、」

声をたどり庭に出た。


「待っていた。貴方だけ」

忘れられない影が佇んでいた。あの頃と同じ姿で。

「迎えに来てくれたのか。会いたかった」

リシャールは影を抱きしめた。

「一人で辛かっただろう」

「私を愛してくれるの?」

「当り前だろう。愛している」

「ずっと一緒にいてくれる?」

「離さないよ」

「リシャール、、、、」

影の手がのど元を掴もうとしたその時、銃声が響いた。

振り向いたリシャールに銃口を向けていたのはカーネリアだった。

「カーネリア」

「どんな理由であれ、自ら命を絶った者に同情はしない。
 リシャールは返してもらうよ」

「リシャール、私たちの邪魔をするつもりよ。
 消してしまいましょう。そうすれば一緒にいられる」

ささやきがリシャールを動かす。

リシャールは手近な枝を折り、カーネリアに向けた。

「下手に動くな。3日近く意識が無かったんだぞ」

だが声は届かない。リシャールは襲いかかった。

しかし、今のリシャールがまともに動けるわけもなく
拳をくらい膝が折れた。

「しっかりしろ!彼女を殺人者にするつもりなのか」

「何を、、、、言っている」

「お前が彼女と共に行くってことは、お前が死ぬことだ。
 それは、彼女に自分を殺させるってことなんだぞ」

「、、、、、、」

「君も君だよ」

カーネリアは見つめる眼差しに語りかける。

「本気でリシャールを死なせるつものなの?
 命がけで愛した男を、今度は自分の手で殺すのかい?」

「何がわかるの、貴方に。
 ずっと苦しかった。わかるものですか」

「君が苦しんできた時間、リシャールも苦しんできた。
 悪夢にうなされて薬がなきゃ眠れない。
 君の父親を、一生恨んで生きていくつもりだ。
 リシャールが君を裏切ったんじゃない。そうだろう」

「カーネリア、、、、」

「もう、許してやってくれないか」

影が揺らいだ。

強く純粋な想いを抱えると、盲目にもなる。

時間が過ぎ、ようやく向き合えた2人。

「リシャール、、、、私が貴方を苦しめていたの?」

「違う、、、、私は、、、、
 そうだ、自分が許せなかったんだ。
 あの時君をさらってでも、いや自分で確かめるべきだった」

「私が愚かだったのね。
 生きてさえいれば、父ともっと話していれば
 貴方の傍にいられたのかもしれない。全て遅いけれど」

立ったシャールの前には懐かしい微笑みがあった。

優しく穏やかな。

「でも、貴方は生きてる」

「ルピア、、、、」

「貴方を殺すだなんて馬鹿なことを、、、」

ルピアはカーネリアと手を重ねた。

「リシャールのことお願いします」

「ありがとう。ルピアさん」

「行ってしまうのかい」

「想いはずっと貴方の傍にいるわ。
 見えなくても聞こえなくても、私は一緒にいる。
 生きて、幸せになって」

「ルピア!」

「またきっと、会えるから」

淡い灯りが夜空に吸い込まれた。

「、、、、歩けるか」

だが、立ちすくむだけで動けなかった。

カーネリアは、リシャールを優しく抱きしめる。

「気がすむまで、ここにいるよ」

「カーネリア、、、、」

その声音は従わせる者の強さではなく
包み込むような穏やかだった。







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