旋律の裏側


最後のコンサートの日。

取れるだけの広さで作った会場は溢れんばかりの人だった。

しかし壇上から見まわすアルドの視界に2人の姿はない。

(無理だったのかな)

フィータが拒んだのなら、それ以上の無理はいえまい。

アルドはバイオリンをかまえた。


続くアンコールに応じ終わった頃には
終了予定時刻を大幅に過ぎていた。

アルドは支配人部屋へと向かった。

ノックをして部屋に入ると、そこにはフィータとオルガがいた。

「来ていただいていたんですか」

「ロビーよりはこちらのほうがいいかと思いまして。
 お疲れさまでした」

「こちらこそ、お世話になりました」

「どうぞ」

アルドはフィータと向き合った。

「先日は驚かせてしまってすみませんでした」

フレデリックを抱きしめたフィータは首を横に振る。

外見よりもずっと幼いのだ。

「もう一度、聴いてもらえるかな」

「、、、、、うん」

「ありがとう」

構えたアルドは奏で始めた。

じっと耳をすませるフィータを2人が見守る。

流れる緩やかな旋律。綺麗だと思う。

同時に蘇るのはあの時の言葉。

知らず手に力が入っていた。

「フィータ、大丈夫か」

「、、、うん」

(もう少しだから最後まで)

そう願いながら演奏を続け、最後まで弾き終えた。

アルドは静かにバイオリンを下ろす。

「どうでしたか」

「えっと、、、、」

フィータは言葉を探す。

感じたままではなく、怒られない言葉を。

それは無意識だったが、アルドのほうが先に気が付いた。

「感じたままでかまいません。どんな言葉でも」

「、、、、きれい」

素直に言葉にするのならこうだ。

フィータは小さく体をすくめた。

怒られる。その思いがよぎった。

しかしアルドが見せたのは微笑み。

「ありがとう」

「怒ってないの?」

「勿論ですよ。そう言ってもらえると私も嬉しいです」

「同じ曲だよね。あの時と」

「ほぼ同じものです」

「どうして、、、あの時怒ったの」

それに答えるには父がしたことを説明しなければならない。

しかしフィータがそれを理解できるだろうか。

その答えを、アリエルよりも先にアルドがだした。

「同じ曲でも、弾いている人の気持ちによって
 印象は変わるものです」

「弾いてる人の気持ち」

「私は、フィータさんがこの曲を好きになってくれるように
 願いながら、弾いていました。
 だけど、残念ながらフィータさんのお父さんは
 辛い気持や哀しい何かを思いながらこの曲を弾いた。
 だから、フィータさんの綺麗という言葉を素直に
 受け止められず怒ってしまったんでしょう」

「お父さん、、、、」

ゆっくりと思いだしてきた。

怒鳴った父は、驚いて動けずにいた自分を抱きしめたのだ。

そして、二度とあの曲を聴くことはなかった。

「お父さんとお母さんと、皆で聴きたかったな。
 皆で楽しそうに笑って、お菓子があって」

みることは叶わない光景。

寂しそうにうつむいたフィータの手を
アリエルはそっと取る。

「父さんも母さんもお前も見守ってる。
 会えなくても傍にいるよ」

「アリエルもオルガもフレデリックも、みんな一緒だよね」

「ああ、一緒にいる」

にこりとフィータは笑顔になる。

だがアルドには、それが透明な呪縛のように思えた。

「フィータ、そろそろ帰ろう。
 あまり長くなったら、仕事の邪魔になるよ」

「うん」

フレデリックを袋に入れて、それを抱える。

「じゃあ、アリエル。先に帰るな」

「ああ」

「また機会ができたら、聴かせてもらいます」

「アルドさん、またね」

「私も、また会えることを楽しみにしています」

「ばいばい」














2人をドアまで送ったアリエルは、椅子に戻った。

「会わせていただいてありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

パニックを起こさなかったことに、ひとまずは胸をなでおろす。

「これでフィータも、嫌なだけの思い出にはならないでしょう。
 私にとっては、それがなによりです」

心底安心した様子のアリエルにアルドは納得する半面
アリエルに対するフィータの見方が気になっていた。

「あの、立ち入ったことかもしれませんが
 フィータさんはあなたをどう」

受けたアリエルも、この類の質問には慣れている。

「慕ってくれてはいますが、私を兄だとは認識できてきません。
 先天性の障害なんです」

「そうでしたか」

「時を止めた幼子。
 ぬいぐるみのフレデリックを、生きた友達だと信じている。
 両親が残してくれたこの宿と家族を私は全力で守りたい。
 そう思っています」 

(重いな)

宿屋が並ぶこの一角でも、この宿は古く重厚な造りだ。

人づてに耳にする評価も高い。

それだけ、かかる責任は重圧だろう。

「もし私の演奏がお役に立てるのなら
 いつでも声を掛けて下さい」

「ええ。今回の企画は評判のよいものでした。
 またお願いしたいとは思っています。
 こちらこそ、よろしくお願いします」


1枚の楽譜が繋いだ糸。

人の様々な想いを乗せた旋律が、美しく時に哀しく今日もどこかで響くのだった。


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