生誕祭


更に夜も更けた頃、一度様子を見ておこうかと瑞樹の部屋に向かっていると、絡瑛が歩いてきた。

自分の前に差し掛かったタイミングで足を止め、礼をする。

「お休みになりますか」

「ええ。少しぬるめのお茶を、部屋にお願いできますか」

「はい。畏まりました。瑞樹様もお休みでしょうか」

「先に兄のほうを見てあげてください。今日はお酒が進んだようなのでね」

「わかりました。そのように」

「お願いします」

離れる絡瑛の足音が消えるのを待ってから、ファルアは瑞樹の部屋へと足を早めた。

「失礼いたします」

ノックを入れて扉を開ける。

瑞樹はソファーで瞳を閉じたまま、反応を示さなかった。

「瑞樹様、瑞樹様」

「ん、、、ファルア?」

(確かに、、、いつもよりお飲みのようだな)

酒には強いが、いつもより顔が赤い。

「ベッドを作ります。今日はお休みください」

「ああ、、、もうそんな時間か」

ベッドメイクにかかろうとしたファルアは
背後から聞こえた溜息に手を止めた。

気分が悪いのかと振り向くと、瑞樹は天井を仰ぎ
一筋の涙と共にぽつりと呟いた。

「戻っちゃくれないよな、、、、絡瑛」

(瑞樹様、、、、、)

普段の会話の中で
瑞樹が絡瑛を大切な家族だと思っていることはわかる。

また絡瑛のほうが嫌っているようにも見えない。

だが、晩餐の後の言葉が引っかかっていた。

瑞樹も父も、絡瑛が戻ることを望んでいる。

けれど2人ともが、それは叶わないと思っている。

(お2人の間に何があったのだろう)

ファルアはベットメイクの手を動かした。

カラカラと、グラスで氷が回る音が聞こえる。

「瑞樹様、水をお持ちいたしましょうか」

「いや、大丈夫だ。下がっていい」

「わかりました。お休みなさいませ」

これ以上は踏み込まれたくない領域なのかもしれない。

せめて今夜の夢が優しいものであるよう願い
ファルアは部屋を後にした。

そして、次はお茶を用意して絡瑛の部屋へ。

「失礼いたします」

「どうぞ」

ワゴンを押しながら部屋に入った。

「遅い時間にすみませんね」

「いえ。お役に立てることでしたら、何なりとお申し付けください」

やわらかい香りがふわりと立つ。

「父や兄と話す中で、あなたへの信頼がよくわかりました」

「微力ではありますが、努めさせて頂いております。
 彩華月の皆様にお仕え出来ますこと、誇りに思います」

「ありがとう。私は、、、、何も出来ないから」

「絡瑛様、、、、、」

「過ぎた時間は、どう足掻いても取り戻せはしない。
 これからの兄や父の時間が喜びや笑顔であること。
 それさえ叶えば、何も望みはしません。
 そのための手助けを、これからもお願いしますね」

(互いをこれだけ思いあっておられるのに、、、どうして)

瑞樹の涙と絡瑛の言葉。父の呟き。

それらが重なった時、ファルアは言葉にしていた。

「絡瑛様、キエヌに戻っていただけませんか」

「ファルア、、、、、」

「瑞樹様も旦那様も、どれほど喜ばれるか。
 僭越ながら、絡瑛様もご家族に深い愛情を
 持っておられると拝察します。
 お傍にいれくだされば、これからの瑞樹様にとって
 これ以上のお力添えはございません」

「あなたからも頼んでほしいと、兄が言ったの?」

「いいえ。私の心からの願いにございます」

「、、、、ならば、純粋に兄と家のためを
 思ってくれての言葉ですね。ありがとう。
 でも、それだけは出来ません」

「絡瑛様」

出来ないのだろうか。したくないのだろうか。

「何故にございますか」

「私がキエヌを出た経緯は聞いていますか」

「いえ。詳しいことは伺っておりません」

「知っておいてもらったほうが、いいかもしれませんね。
 座ってください」

「失礼いたします」

腰を落ち着け、絡瑛は過ぎ去りし日を語り始めた。




 

「最初に、私は父の後妻の連れ子です」

「絡瑛様、、、、」

それは、ファルアにとって驚きでしかなかった。

「だから兄とは父も母も違う。
 今の父は、私と母を彩華月一員と認め接してくれました。
 けれど兄を見られなくなってしまった。
 私を笑いながら抱き上げてくれても、兄に対してそれが
 出来なくなってしまったんです」

「、、、、、」

「兄は家を空けることが多くなり、父や私と距離を置いた。
 結果、世間は兄を放蕩息子と呼ぶようになった。
 兄の昔の噂は、耳にしたことがあるでしょう」

「旦那様は何故」

「愛していたからです。兄と、兄の母を」

「、、、、、」

「兄を見ると思い出してしまう。
 愛しているから、兄に笑顔を向けることが出来なくなった。
 父親として抱きしめることが出来なかった。
 見かねた私の母は、遺言を残しました。
 自分がいなくなって、父と兄の仲が修復出来たら
 この家をでるようにと」

「そんな、、、、、」

「母の気持ちはわかります。
 実際、父と兄の間に溝が生じたのは
 私たちの存在が原因なのだし。
 せめてもの罪滅ぼしだと、母なりの謝罪だったのでしょう。
 母が病に倒れ帰らぬ人となってからも
 父と兄の関係は、簡単には戻りませんでした。
 ようやくそのわだかまりが消えて、私は家を出たんです」

「母君の遺言を守るために」

「ええ」

「ですが、今の瑞樹様は」

「わかっていますよ。
 今の兄は、立ち直って父を助けてくれている。
 彩華月の次期当主として、立派に胸を張れます。
 私のことも、大切な家族だと引き留めてくれた。
 兄の気持ちは嬉しいし、私にとっても大切な家族です。
 けれど、私の中ではどうしても譲れない部分なんです」

これで、父の言葉の意味がわかった。

絡瑛の決意の強さも。

瑞樹の願いは叶わないだろうということも。

わかったけれど、ファルアはまだどこか諦め切れない。

絡瑛にだけ妥協を求めるつもりはないが
絡瑛が頷いてくれたなら。

瑞樹や父を嫌っていないのなら。

そんなファルアの心中を察するかのように
穏やかな優しい眼差しが向いた。

「納得できないかもしれないけれど
 言葉だけでは言い表せないものが、どうしてもあります。
 好き嫌いだけでは片づけられないものがね。
 それは、わかってください」

「絡瑛様、、、、(これ以上は私が踏み込む場所ではないか)」

それぞれが抱える想いは
他者が考えるよりずっと複雑なのだろう。

ならば、自分の役目は絡瑛の望みを叶えること。

ファルアはソファーを下りた。

「出過ぎたことを申しました。ご無礼、お許しください」

「いえ。あなたのような人が、家にいてくれてよかった」

「身に余るお言葉にございます」

「これからもよろしくお願いしますね」

「はい。誠心誠意お仕えいたします」

ファルアは誓いも改に、絡瑛の言葉を胸に刻んだ。





 








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