生誕祭


遅れて部屋を出たファルアが廊下を進んでいると
ぱたぱたと足音が近づいてきた。

「お帰りなさい。ファルアさん」

声をかけてきたのは、瑞樹が引き取っ愁馬。

「唯今戻りました」

「瑞樹さんも帰ってきてる?」

「はい。あ、ですがお客様、いえ」

「、、、、、どうしたの?」

珍しく歯切れの悪いファルアに、愁馬は小さく首を傾げた。

「弟君の絡瑛様がお見えです」

「そうなんだ」

「ご挨拶なさいますか?」

絡瑛の名前は、愁馬も何度か耳にしている。

ならば、今は自分が入らないほうがいいだろう。

「ううん、後でいいや。あ、でも、すぐに帰っちゃう?」

「いいえ。2,3日はご滞在だと伺いました。
 ご夕食の前にお声をかけてみましょう。
 その時はご一緒いたします」

「わかった。ありがとう、ファルアさん」

「いいえ」

頷いた愁馬は、くるりと向きを変え、引き返して行った。

「変わらない日常か」

おそらく、瑞樹の望みはこの日常に絡瑛が加わること。

可能性はあるのかと、ファルアはそんなことを考えていた。

 

「この香りも久しぶりです」

特注の茶葉の香りが、ふわりと立つ。

「兄さんも父さんも、皆変わりなさそうでよかった」

「お前も元気そうでよかったよ」

「でも」

「ん?」

「泣かれるとは思いせんでしたけど」

「あ、あれは、、、お前が悪いんだからな」

ふいと、瑞樹は横を向く。

思い返せば気恥ずかしさもなくはないが
実際、何一つ連絡をよこさなかったのは絡瑛なのだからと
瑞樹は自分を納得させた。

「今日の今日で戻るわけじゃないだろう」

「生誕祭まではいるつもりです。
 兄さんたちの顔を見たかったのが第一だけれど
 あの景色も見たくなって」

「もうそんな頃か」

生誕祭。それは、キエヌの繁栄と平穏を願う厳かな祭り。

街は蒼と白で美しく飾られ、静かな祈りの想いが
優しく包み込んでゆく。

そして人々は
広場に設けられた献花台に一輪の花を置くのだった。

「今年はお前と一緒に生誕祭を迎えられるか。
 神がいるなら感謝だな」

「兄さん、、、、」

「ああ、そうだ。戻るっていえばカーネリアもキエヌにいるよ」

「クロシェの皆さんが?そうでしたか。
 カーネリアさんも変わらずなのかな」

「相変わらずだ。
 クロシェの次期当主が一層板についてる。ただ、、、」

瑞樹の声がわずかに落ちた。

「何かありましたか」

「療養中だった母親が亡くなったそうだ」

「伯母上が、、、、長かったですね。最後は」

「結局、目を覚ますことはなかった」

「辛かったでしょうに」

「だろうとは思うけど、カーネリアは強いよ。
 ちゃんと前を向けてる」

「そうですか」

「それから、自分付きで雇ったていう男を連れてきたけど
 それがまた、ひと癖ありそうな相手でな」

瑞樹は、ファルアとリシャールが顔を合わせた
あの日のことを思い出す。

「まあ、カーネリアには合いそうな印象ではあったけど」

「ただ言われたことを鵜呑みにするだけなら
 彼に付き従うのは無理でしょうからね」

おそらくカーネリアが求めるのは共に闘う相手。

この世界を生き抜きために。

ファルアは、どんな考えを持って
彩華月の執事を務めているのだろう。

「寄れたら、クロシェにも顔をだしておきます」

「ああ、そうしてくれ」

緩やかに、優しい時間が過ぎていった。
















日が暮れかかった夕刻。

父とも顔を合わせ一人部屋にいると、ノックの音がした。

「どうぞ」

「失礼いたします」

聞こえた声はファルア。

扉が開き、入ってきたのはファルアと一人の子供。

自分が離れてすぐに授かったにしても
瑞樹の子供というにはいささか無理がある。

考えていた絡瑛に、愁馬から声が掛かった。

「愁馬です。初めまして」

「こんにちは」

「瑞樹様がお引き取りになられ、彩華月の皆様と
 お過ごしになられています。
 愁馬様も絡瑛様のお名前はご存知なので
 ご挨拶なさりたいと」

(引き取った、、、、)

「僕、父さんも母さんもいなくなって
 そしたら瑞樹さんが一緒においでって言ってくれたんです」

その立場がどれだけ微妙で、また最悪は
財産目当ての輩に利用されかねない危うさに
絡瑛はすぐ察しがついた。

(兄さんはどこまで考えて)

気まぐれとは思いたくないが、不安要因が多いことは確か。

とはいえ、今口にすることではない。

「兄さんのこと、好きですか?」

「うん。瑞樹さんもおじい様も大好きです」

「そう。よかった」

己を慕ってくれる存在は、それだけで心強いものだろう。

よりよい道を進めるよう、絡瑛は願うのだった。

  

その日の夜は親子3人と愁馬で食卓を囲んだ。

絡瑛のさり気ない気遣いで、愁馬も無理なく会話に加わり
和やかに時間はすぎた。

晩餐が終わり、瑞樹と絡瑛は揃って部屋を出た。

すると、2人を見送り一人になった父親
から独り言が落ちた。

「2人には辛い思いをさせた。
 どれだけ時間が過ぎても、取り返しはつかないだろうな」

(旦那様?)

ファルアの耳に届いた言葉は
誰に向けたものではない小さな独り言。

詳細を尋ねるのも憚られ、ファルアは沈黙を保った。

  



   BACK   NEXT