生誕祭


並行して同時に存在する2つの世界。

一方には背に翼を宿す命が存在し、もう一方には翼を持たぬ命が存在する。

それぞれに息づく地で、日々の営みは続いていた。

泡沫の中心都市キエヌ。

カラカラと近づいてくる馬車の音に
彩華月邸の門番は向きを変えた。

「この時間に来客なんてあったかな」

時計を見てから頭の中のメモをめくる。

だがやはり、来客の予定はない。

予定なしの来客となれば、よほどの急用か各上の相手。

門番は姿勢を正した。

馬車は門前で止まった。

開いた扉から姿を見せたのは

「、、、、絡瑛様」

彩華月家次男の絡瑛だった。

「久しぶりですね。変わりありませんか」

「はい。お久しぶりにございます」

驚きと懐かしさが混ざり、門番は深く頭を下げた。

キエヌを離れてだいぶ経つが、姿を見せるのは初めてだ。

「本日御出でとは伺っていませんが
 旦那様や瑞樹様はご存知なのですか?」

「いえ、誰にも知らせていません。
 取り急ぎの用件ではなく、ふと顔を見たくなったのでね」

「そうでしたか。旦那様も瑞樹様もお喜びでしょう。
 あ、失礼しました。お入りください」

門番は慌てて門を開いた。

 

玄関の扉をゆっくりと開く。

絡瑛は変わらない佇まいを懐かしく見回し
壁にある呼び鈴を鳴らした。

ほどなく、メイドが出てきた。

記憶をたどるが、覚えのある顔ではない。

ならば、自分が家を出た後に入ったメイドということか。

思ったとおり、相手も特別な反応は見せなかった。

「御出でなさいませ。どちら様でしょうか」

「初めまして。絡瑛です」

「絡瑛様、え?」

「私の名前は聞いているのかな」

「あ、申し訳ありません。存じております」

メイドは慌てて頭を下げた。

「弟君の絡瑛様ですよね」

「ええ。あなたは私が家を出た後ここに?」

「はい。まだ見習いですけれど」

「これ、いつまで立ち話をするつもりなの」

後ろからかかった声は、メイド頭のミュゼット。

彩華月邸では一番古く、瑞樹が幼少の頃から
使用人を取りまとめている強者だ。

そんなミュゼットも、懐かしそうに目を細めた。

「お久しぶりにございます。絡瑛様」

「皆変わりありませんか」

「はい。使用人一同つつがなく」

「誰にも知らせないで来てしまったけれど、父と兄は」

「あいにくお出かけでございます。
 旦那様もうしばらくかかるとのことでしたが
 瑞樹様は、お戻りになる頃です。どうぞお部屋で」

そこに馬車の音が届いた。

「まあ、絡瑛様がいらしたのを知ったかのようなお戻りですこと」

「このまま待ちますね」

「驚かれますよ、瑞樹様」

正面から少し外れて、そのまま待った。

扉が開き、先に姿を見せたのはファルアだった。

その陰に入る瑞樹には、絡瑛の姿が見えない。

「失礼いたしました。お客様でしたか」

無論ファルアも、絡瑛の顔は知らず。

「兄さん、久しぶりですね」

「絡瑛様?」

ファルアが呟くと同時に、瑞樹が中に飛び込んだ。

言葉なく絡瑛を見つめる。

「急にすみません。
 何があるわけではないのだけれど、、、、兄さん」

瑞樹は絡瑛を抱きしめていた。

「変わりないなら連絡の一つくらいよこせ!
 あれから何年たったと思ってるんだ」

「、、、、すみませんでした」

瑞樹と絡瑛の事情を知るミュゼットは
思わず目頭を押さえていた。

けれど、知っているからこそ
この再会が束の間だと、そう察しはついている。

「瑞樹様も絡瑛様も、お入りください。
 すぐにお茶のご用意を致します。どちらにお持ちしましょう」

瑞樹は腕をといた。

「私の部屋でいいか?」

「はい」

「さ、あなたも戻っていいわよ。
 他のメイドたちにも伝えておいてちょうだい」

「わかりました。失礼します」

ミュゼットとメイドが下がり、ファルアが残った。

「紹介しておくよ。執事のファルアだ」

「ファルア=レンハイムと申します。
 お見知りおきください。
 知らずとはいえ、先ほどはご無礼失礼いたしました」

「来るとは言っていなかったのだから
 失礼にはあたりませんよ」

「寛大なお心遣い、痛み入ります」

きっちりと礼を返した。

「荷物だけ置いて兄さんの部屋に行きますね。
 私の使っていた部屋はどうなっていますか」

「使えるようにしてあるよ」

「じゃあ、また後で」

「お持ちいたします」

ファルアはトランクを手にし、歩き出した絡瑛に続いた。

「絡瑛、、、、、」

驚いたし、再会は嬉しい。だが望みは叶わない。

懐かしい後ろ姿に、瑞樹はそう思うのだった。









 








「こちらでよろしいですか」

「ええ。ありがとう」

瑞樹の言ったとおり、部屋は綺麗に整えられていた。

いつ戻ってもいいように。

「兄さん、、、、、」

だが、瑞樹の願いには応えられない。

「絡瑛様、ご滞在の予定を伺ってもよろしいでしょうか」

「2,3日、生誕祭の頃までと思っています」

「では身の回りのものを揃えるよう、申し付けておきます」

「ファルア、でしたね」

「はい」

「あなたから見て、兄は幸せだと思いますか」

「絡瑛様?」

それは、ファルアにとって唐突な問いだった。

「それは、、、、あの」

「幸せというか、そうですね、何も変わらない日常が
 最も身近な幸せだともいいます。
 その幸せを脅かすような問題が、この家に起きていないか。
 そのような見方をするとしたらどうです」

「、、、、、」

何か気になることがあるのだろうか。

だから連絡無しに姿を見せた。

だが、己の疑問より問いに答えるほうが先だ。

「私が拝見している限りでは、ないと思われます」

「そう」

短く答え背を向けた絡瑛を追うように
ファルアは一歩踏み出していた。

「絡瑛様、何か気になることがおありなのですか?
 だからお見えに」

「いえ、違いますよ。
 本当に久しぶりだから、どうしていたかと思って」

「、、、、、」

「要らぬ心配をさせてしまったようですね。忘れてください」

「、、、、、はい」

ファルアの答えを聞いた絡瑛は、瑞樹の部屋へと足を向けた。




 



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