ささやき


資材置き場で感じた匂い。

引っ掛かりを残したまま家に帰った。

リビングに入ったフィエラは
思わず小さな声をあげた。

「これだ、、、、」

そう、同じ匂いがしたのだ。

「紅響、いる」

「はい」

キッチン奥から紅響が出てきた。

「お帰りなさい」

「ただいま。この匂い何だっけ」

「匂い、、、ですか」

言われた紅響は小さく鼻を動かした。

「ああ、これならいつもの油ですよ。
 前にお話しした、植物から採れる樹液です」

フィエラも思い出した。

「そっか、、、灯り取り使ってるんだよね。
 確か、香りのある花を混ぜて」

「はい。混ぜる前ですから、油に近い匂いが
 強いのかもしれませんね。
 あ、すみませんでした。すぐに片付けます」

気分を悪くさせたかと、紅響は戻ろうとした。

「ちょっと待って」

フィエラは戻る前に呼び止めた。

「少し教えて」

「わたくしでお役に立てるのならお答えしますが
 何かありましたか」

「うん、、、、工房で気になることがあって」

感じたのは戸惑い。

気になることがフィエラを不安にさせているのなら
それを払しょくできるよう力を尽くすまで。

「座ってください。お茶だけ用意しますから」

甘い茶葉を選び、若干ぬるく作る。

それをテーブルに置き隣に座った。

「どのようなことですか」

「さっきの油って、他に使い方ある?
 例えば、塗料とか」

「塗料、、、、いえ、聞いたことありませんね。
 それに、引火性がありますから
 もし工房で扱う家具に使ったら、かえって危険だと思いますよ」

「、、、、、」

「ですから、油としては灯り取りだけです。
 乾燥させて砕けば薬草にもなりますが
 どちらにしろ、このキエヌでは樹木そのものが
 馴染みの無いものでしょう。
 扱っている店の御主人が、そう仰っていましたし」

「何でそんなものが」

紅響の言葉を疑いはしない。

同じものが塗料に混ざっているのだとしたら
そして、あの塗料がすでに使われているのなら
工房は危険な品を出していることになる。

一度疑いだすと、考えは悪い方向に向いた。

「フィエラ、、、、大丈夫ですか」

「工房の塗料から、同じ匂いがしたんだ」

フィエラは正面を見据えたままだった。

「勿論、匂いが似ているだけで
 その油が混ざってるって断言はできない。
 だけど、、、、もしも」

そんなフィエラの不安は、紅響にもわかった。

紅響はそっと、フィエラに手を重ねる。

「一度悪い方に考えてしまうと
 そちらばかりを向いてしまいます。
 同じものが混ざってしまった可能性もありますが
 例えば、変えた塗料が同じ匂いを
 持っていたのかもしれない」

「うん」

「今の段階では、どちらとも言えないのでしょう。
 でしたら、あくまでも可能性があるということで
 工房の方とご相談してみたらいかがですか」

「そうだね。一人で考えててもしかたないよね」

不安な面持ちが和らいでゆく。

「ありがとう。紅響。
 もう一度確認して、相談してみる」

「ええ。そうしてください。
 凪殿だって、きっと相談にのってくれますよ」

固まっていた嫌な物が、ゆっくりと溶けるようだった。

重なった手を大切にしたい。

フィエラは心から、そう思った。






 






翌日。フィエラは再び資材置き場に行った。

「やっぱり同じような気がする」

塗料に関わる同僚からは
変えたという声は聞かなかった。

やはり人の手が入っているのか。

瓶とにらめっこをしていると

「何やってんだ、フィエラ」

「凪」

背中から声をかけてきたのは凪だった。

「俺が入ってきたのにも気がつかないで
 ずっとそのままだな」

「え、ごめん」

「別にいいけどさ」

凪は自分の探し物にはいった。

(自分だけで考えててもしかたない。そうだよね)

紅響の言葉を思い出し、一息ついて凪を呼んだ。

「凪、ちょっといい」

「ん?どうした」

「見てもらいたい物があるんだ。あれ」

フィエラは問題の瓶を指す。

凪は瓶に近づいた。

「これって、塗料だろう」

「うん、そうなんだけど驚かないでね」

フィエラは自分の気がついたことと紅響の話を
一通り伝える。

凪は驚いたというよりも険しい表情をみせた。

「それじゃ、この中に火種を入れたら火事になるのか?」

「混ざってる量にもよるだろうけど、可能性はある」

「誰がそんな、、、、
 工房の人間なら誰でも出入りはするし」

工房の中の誰か。

考えたくはないが、最も妥当な線だ。

けれど今は、犯人探しよりも危険を回避しなければ。

「まだ油だって断定はできない。
 そうだとしても、犯人探しをしたいわけじゃないんだ」

「じゃあ、どうするつもりなんだ。
 このままにはできないだろう」

「勿論だよ。犯人探しじゃなくて
 危険を回避する方法を相談したいんだ。
 できれば、大きな騒ぎにならない方法で」

「騒ぎになれは、物に影響もでるな。
 感情はそのまま伝わる」

手作業だからこそ、作品は心を映す。

凪もフィエラも、それはよくわかっていた。

「親方に相談したいんだけど
 一人だとなんだか行きづらくて。
 凪、一緒にきてくれる?」

「勿論だ。断るはずないだろう」

凪は考えることなく返した。

「工房を壊されてたまるか。ここは俺たちの誇りだ」

「凪、、、、」

「行くぞ」

「うん」

資材置き場を出た2人は、親方の部屋へと向かった。















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