ささやき


並行して同時に存在する2つの世界。

一方には背に翼を宿す命が存在し、もう一方には翼を持たぬ命が存在する。

それぞれに息づく地で、日々の営みは続いていた。


<泡沫>の中心都市キエヌ。

キエヌの中でも人の集まる場所を問えば
大抵は市場だと答えるだろう。

食材から日用雑貨まで多くの店が軒を連ねている。

紅響も、そんな市場を利用する一人。

夕食の買い出しに来ていた。

使う店はほぼ同じ。

すでに馴染みとなった店主に声をかける。

「こんにちは」

「はいよ。いらっしゃい」

「こちらは出ているだけですか」

紅響が指したのは山ぶどうのシロップ漬けとジャムだった。

材料となる山ぶどうはソレアの特産で
キエヌまで出回る数は少ない。

どちらも最後の一瓶だった。

「これで最後だよ」

「では、両方ください」

「まいど」

店主が袋に詰めそれを受け取った時
別の客が紅響の隣に立った。

舞夢の目は、つい今しがた紅響が買い求めた
瓶が入っていたカゴに向いた。

「終わりですか」

「ごめんね、今日の分は今出たばかりなんだ。
 今年は数も少ないみたいだし」

「そう、楽しみにしてたけど」

残念だが無い物はしかたない。

「また来ますね」

「あの」

離れようとした舞夢を紅響は呼び止めた。

「こちらのジャムをお求めでしたか?」

紅響は空になったカゴを指した。

「あ、ええ、、、」

「よろしければお譲りします」

「え?でも、そんな」

「ジャムとシロップ漬けと、両方購入しました。
 ですが取り急ぎというわけでもありませんので
 どちらか入用の方をお持ちください」

市場の買い物はいつもの事だが
こんな申し出は初めてだ。

どう返答しようか考えていると
店主からも声がかかった。

「心配しなくても大丈夫だよ。親切な人だから」

今の今で悪意や他意があるとは思えない。

店主も知らない間ではないのだからと
舞夢は受けることにした。

「ありがとうございます。ジャムを頂いていいかしら」

「どうぞ」

紅響から受け取り代金を払う。

「ご親切にありがとうございました」

「いえ。これで失礼します」

歩き出した紅響に店主の言葉が向いた。

「いつものことだけど、ほんと気が付く人だね。
 紅響さんは」

「え、、、、今の人、紅響さんていうんですか?」

「そうだけど」

「ありがとうございました」

「舞夢さん?、、、、どうしたんだろう」

舞夢は紅響の後を追っていた。






「あの」

足を止め、紅響は振り向いた。

「どうかなさいましたか」

「人違いだったらすみせん。
 フィエラと一緒に住んでる紅響さんですか?」

「、、、、、そうですが」

自分の名前とフィエラを知っている相手。

紅響には思い当たらず小さく首を傾けた。

「どちら様でしょうか」

「フィエラと一緒に工房で働いている凪の姉です」

「では、、、舞夢殿。そうでしたか。
 わたくしも凪殿と舞夢殿のお名前は聞いております」

凪とフィエラを介し、名前だけは行き交っているが
2人が顔を合わせるのは初めてだった。

「お名前だけは伺っていましたけど
 お会いするのは初めてですね」

「はい。凪殿はよきご友人。
 舞夢殿にも親切にしていただいていると
 フィエラから聞いております」

「私も、紅響さんには助けられてるってフィエラから聞いてます」

初めてではあるが、名前を聞いているからか
まるっきりの初対面という感覚はなかった。

「何度かお菓子を頂いていますよね。ありがとうございます」

「お口にあってれば、よかったけど」

「はい。美味しくいただきました」

「ほんとですか。よかった」

話が続く2人を、また別の声が呼んだ。

「姉さん」

「凪」

「凪殿」

近づいてきたのは凪だった。

「終わったところか。これからなら手伝おうかと思ったけど」

「今日は量も少ないから大丈夫よ。
 凪は終わりなの?早いわね」

「急ぎの物は入って無いから
 上がれるのは上がっていいって。それでこちらは」

少しばかりの警戒感を持って、凪は紅響を見た。

そんな凪に紅響は丁寧な会釈を返す。

「凪殿ですね。わたくし、紅響と申します。
 お名前はフィエラから伺っております」

「あ、、、じゃあ、フィエラと一緒に住んでる」

「はい」

濃い褐色の肌。片方の瞳は長い前髪で隠れていた。

傷で塞がっているという目はそちら側なのだろう。

凪は、よく似たもう一人を思い出す。

「初めましてっていうのも、不思議な感じですね。
 名前だけは互いに何度も聞いてるし」

「本当ですね。あの、凪殿がお仕事終わられたということは
 フィエラもそろそろでしょうか」

「フィエラはもう少しかかると思いますよ。
 彫りはひと段落だけど、絵付けは時間がかかるから」

「そうですか。わかりました、ありがとうございます。と、、、」

風が前髪を流し、大きな傷跡を見せた。

紅響は片手で押さえる。

「大丈夫ですよ。傷のことも聞いてるから驚きません」

「ですが、見ていいものではないでしょう。
 跡もはっきり残っていますし」

紅響は髪をなでつけ、傷を覆った。

そうは言ってくれても、見目のいいものではない。

「あまり長くなってもご迷惑ですね。
 これで失礼いたします」

「いえ、こちらこそありがとうございました。
 帰ったら、早速いただきますね」

「はい」

軽い会釈を交わし、双方帰る道へと向いた。







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