妙薬


時計の音がやたらと耳につく。

並んで座り、ただ待っていた。そこへ

「ただいま」

「兄さん」

「戻ったか」

袋を抱えた白竜が戻った。

「ここで待っててくれたのか。悪かった」

傷のある腕が迦螺霧の目に触れないよう
慎重に動いた。

「これだけ片付けるから、先に休んでいいよ」

「兄さん、どこ」

蛍雪は立ち上がり、触れた手を掴んだ。

(ん、、、、う)

声には出さなかったが、表情が歪む。

気がついた迦螺霧に、白竜は何も言うなと首を振った。

「よかった。帰ってきてくれて」

「他に戻る所なんてないだろう」

「、、、、、うん」

蛍雪の手が離れた。

「じゃあ、先に戻るね」

「ああ。お休み」

「お休みなさい。迦螺霧さんも」

「お休み」

足音が遠ざかるのを待ち、白竜はソファーに座った。


「白竜、どうした」

抑えている腕に、うっすらと血がにじむ。

「何があったんだ」

「手当はしてあるけど、ちょうどここを掴まれた」

「訊いているのは、いや、先に当て直したほうがいいな。
 布と包帯、どこかにないか?」

「角のキャビネットに入ってる」

言われた場所を探し
当て布とガーゼを持って隣に膝をついた。

シャツの袖をまくりあげ見た傷跡に、迦螺霧は手を止めた。

「自分に牙を?」

「私が牙を立てないと生きられないと、気が付いていたんだな。
 キエヌの< 人>に対してよりはまだいいだろう」

「白竜、、、、」

そっと傷に当てた。

心は、見える傷よりもずっと痛んでいるのだろう。

「白竜、まだ確実とは言えないが
 知り合いに薬に詳しい者がいるんだ」

言わないつもりだったが、迦螺霧は弥杜を信じた。

少しでも気持ちを軽くしてやりたくて。

「今はキエヌに住んでいて、昨日偶然再会してな。
 その弥杜に、乾きを軽くできる薬を頼んでおいた」

「、、、、、」

「里でも腕がいいと評判だった。きっと、力になってくれる。
 私が生きた器を持っていれば、いくらでも差し出すのにな。
 、、、、、、すまない」

(どうして)

人知れず姿を消し、人知れず眠りを選んだのか。

あるいは最後に争ったのだろうか。

「座ってくれないか。訊きたいことがある」

「何だ」

「どうして死んだ」

「、、、、、」

「何もできないとわかって、自分から選んだのか?
 それとも、最後の最後で奪い返しに行った結果か?」

どちらかだろうと思っていた。

どちらであろうと、いい悪いを言うつもりはない。

だっが、迦螺霧の答えはどちらでもなかった。

「同じ妖しに討たれた。裏切り者としてな」

「、、、、、」

「妖しといっても様々いる。
 人里に対し憎しみしかなかった者からみれば
 私の存在すら許せなかったのだろう」

最後の瞬間にぶつけられた想いは
あまりにも真っすぐすぎて激しいものだった。

哀しいほどに。

「相いれないとしても
 せめて互いの存在を認めて生きることができないか。
 それを考えた。だが、結局何もできなかった」

「それでも、母と会ったことはよかったと?」

「会ったことだけを思えば、会えてよかった。
 本気で愛したつもりだ」

けれど残ったものは己の無力さ。

愛した人の最後を知ることもできなかった。

だからこそ、2人の為ならどんなことでもできる。

「何もできなかった分、苦しめてしまった分
 私にできることなら惜しむつもりはない。
 私を憎むのは当然だろう。だが、母は憎まないでくれ。
 お前たちを命がけで残してくれた。
 その結果の責めは、私が全て受ける」

確かに人里での日々は辛く苦しいものだった。

けれど、自分たちだけではない。父も、きっと母も。

「そっちも楽じゃなかったんだろう。
 人から憎まれて、妖しから疎まれて、あげく殺されたんじゃ」

「己のしたことの結果だからな。
 お前たちの方がよっぽど」

「もういい」

「、、、、、」

改めて思い返せば、迦螺霧は謝ってばかりだ。

「確かに憎みも恨みもした。だけど、どこかで求めてた。
 親に抱かれた記憶が無いことを、寂しく思う時もあった」

「白竜、、、、」

光を失った蛍雪との距離が近づくのはしかたがない。

白竜も、蛍雪の助けになることを望んだ。

けれど、感じ始めた距離感の差は日ごとに広がっていた。

「憎しみだけになりたくない。憎みたくないんだ。もう」

叶わないと思っていた。抱きしめることなど。

けれど、許されるのならば。

迦螺霧は初めて白竜を抱きしめた。

「ありがとう、白竜」

誰かの腕に包まれる感覚はあたたかい。

今すぐには無理でも
いつか呼べる日がくることを白竜は願った。


















そのまましばらく、腕の中でまどろんでいた。

「白竜、そろそろ休んだほうがいい」

「もう少し」

「お前をこうして抱ける日がくるとは思わなかった。
 あとは弥杜の薬を待つだけだな」

「、、、さっきまで、その弥杜さんと会ってた」

「お前が?」

「聞いた。母とのことも、薬を頼んでくれたことも」

「弥杜とは知り合っていたのか。いや、しかし」

以前からの知り合いならば
蛍雪のことも知っていておかしくない。

弥杜の反応は、微妙にずれがあった。

「私と暮らす以前の知り合いか?」

「ついさっきさ。
 考えごとに気を取られて、知らずに車道にでてた。
 見つけてくれた弥杜さんが助けてくれたんだ。
 その時私が息子だって気がついて、後を追ってくれた」

「、、、、そうだったのか」

「弥杜さんが止めてくれなかったら
 私は牙を打ったまま抜かなかったかもしれない。
 自分自身に打った後は、夢中で何も考えられなくて」

「大丈夫だ。弥杜ならきっと」

優しく抱きしめながら
希望が絶望に変わらないことを迦螺霧は祈った。

 


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