妙薬


世界のどこか。

人と呼ばれる命が住む里と、妖しと呼ばれる命が住む里があった。

己に無い力を持ち、己とは異質のもの。

互いを恐れ、摩り替わった憎しみと悲しみが心を曇らせる場所。

だがある時、互いを慕う2つの心がその垣根を越えてしまった。

そして、人と妖し両方の血脈を受ける双子が目覚めた。

人であった母と、妖しであった父は引き離され、双子もまた生まれながらに罪を背負う。

人々から忌み嫌われ、軟禁状態でただ2人寄り添って命を繋いだ。

けれど、より強く妖しの血を受け継いだ兄に第2の目覚めが訪れた。

妖しとしての血は生きるために弟を求め、牙を打ち込んでしまったのだ。

生かすために。生きるために。

やがて人と妖しの争いは激化し、ついに人は妖しの里を攻め落とす。

けれど、復讐を恐れた人の心はより荒廃し、結果人里は治安を悪くする結果となった。

そんな中で、2人を軟禁していた人間が人里を捨て姿を消す。

持てるだけの路銀を手に、双子もまたこの地を捨てたのだった。


朝が早いのは、たいてい兄の白竜。

いつもの手順で朝食の支度にかかる。

「ふう、、、、」

動きが鈍い。

身体が重いような、それでいて地に足がつかない感覚。

理由はわかっている。乾きが満たされていないからだ。

白竜は牙を立てることへのためらいが
どうしても消えなかった。

だからぎりぎりまで抑え込み必要最小限に留めるものの
求めが、より強く深くなっている。

悟られるわけにはいかない。

蛍雪が気がつけば自ら差し出してくるだろう。

「ん、、、、っ」

くらりと目の前が揺れた。

「しっかり、、、しろ」

「白竜、どうした」

声は共に暮らし始めた迦螺霧だった。

「何でもない。少しめまいがしただけだ」

だが、青ざめた顔色を見れば
無理があることは一目瞭然だった。

「ひどい顔色じゃないか。横になったほうが」

「蛍雪が起きてきて一通り終わったら休むよ」

「食事くらいなら私のほうで用意する。だから」

「蛍雪に気づかれるわけにはいかないんだ」

白竜の声が高くなった。

「言わなければ誤魔化せる。だから黙っててくれ」

それなりの事情はあるのだろう。

迦螺霧も深入りできない立場なのはわかっている。

けれど簡単に引き下がることはできない。

我が子を想う気持ちは本物だから。

「しかし、お前が寝込むようにでもなったら
 そのほうが蛍雪は心配だろう。
 ひどくなる前に休んだ方が、結果はいいんじゃないか?
 少し疲れていると言えば納得するだろう」

「それで終わればな」

「白竜?」

「とにかく、休むにしても後でいい」

「白竜待て」

振り切った白竜をなおも止めようとした時、蛍雪が入った。

「おはよう」

「おはよう。何かあったの、兄さん。声大きかったみたいだけど」

「いや、何でもない。座ってろ」

「兄さん」

足音が遠のいた。

「迦螺霧さん、いますよね」

「ああ」

「何かあったんですか」

「私と白竜の間の話だ」

「でも」

「大丈夫。蛍雪が心配することじゃない」

見えない分、場の雰囲気や声音には敏感だ。

自分には関わりのない、2人の間だけで終わる話だとしても
トーンの落ちた声音からは、良いほうには感じ取れない。

(もし僕が見えてたら、僕にも話してくれるの?)

妖しである迦螺霧の力を借りれば、見ることはできる。

部屋の様子も、2人の顔も。

何かがあったとの確信は持った。

けれど、2人がそれを伝えようとしないことも事実。

これ以上、押し通すことは出来なかった。



 



昼を少し回った頃、蛍雪は迦螺霧と街に出た。

表向きは散歩だが、やはり朝のことが頭から離れない。

歩きながら蛍雪は訊いた。

「朝、兄さんと何を話していたんですか」

「、、、、、、」

「僕には関係のない話だとしても、いい話じゃないですよね。
 あんなよそよそしい、押し黙った雰囲気初めて」

「敏感なんだな」

「見えていない分、意識しなくてもそうなるみたいです」

「だが、、、、」

それでも迦螺霧は言い淀んだ。蛍雪は考えてみる。

店の経営に関することだろうか。

迦螺霧に話すにしても、声が大きくなる話題だろうか。

あまり現実味はなかった。

では他には、、、、、蛍雪は思い当たった。

「兄さん、体調悪いんじゃないですか?顔色どうです」

「、、、大丈夫だよ。たいしたことじゃない」

確信に変わった。

「お願いです。教えてください。
 迦螺霧さんに聞いたって言わないから」

「蛍雪、、、、」

誤魔化しきれないと迦螺霧は思った。

確信を覆すのは難しい。

「わかった。座ろうか」

蛍雪の手を取り、ベンチへ移った。

「朝私が入ったら、座り込んでいてな。顔色は悪かった。
 青ざめたというか、血の気が引いたというか」

「、、、、、、」

「休んだほうがいいと言ったが、蛍雪に気づかれるのは困る。
 絶対に言わないでくれと」

「兄さん、、、、やっぱり」

「思い当たることがあるのか?」

迦螺霧は、知ったらどう思うだろう。

白竜が牙を立てていること。その相手が自分だと。

しかしこのままでは白竜がもたないし
共に暮らしていれば、いつかは気がつくだろう。

「兄さんは牙を立てないと生きていけないんです」

「何、、、、、」

「キエヌで生きている人にはそれが出来なかった。
 事件になって、それこそ人とは違うことが知られたら
 もうここで生きてはいけない。
 それに、僕たちはキエヌの人に助けられて生きてる」

「妖しといっても様々だが、白竜にそれが出てしまったのか」

「生きるため、それでも生きるためには必要。
 しなければ兄さんがもたない。
 だから、兄さんは僕に牙を立ててます」

「な、、、、、」

迦螺霧にとって重い衝撃だった。

「お前に、実の弟にだと」

「兄さんのこと悪く思わないでください」

蛍雪は強く言いきった。

「兄さんは僕の望みを叶えてくれてる。
 兄さんと一緒に生きていくために必要なら、かまいません」

「蛍雪、、、、」

「それに兄さんだって苦しい。
 無理して、ぎりぎりまで我慢してくれてる。
 今朝調子が悪かった理由も、きっとそうです」

自分のしたことを今更ながらに思い知る。

苦しめたいなど、誰が望むか。けれど結果は

「今更だが、取り返しのつかない罪を犯したのだな。私は」

「この結果を望んだわけじゃないって、わかってるつもりです。
 兄さんも、僕も」

「、、、、本当にすまない」

何かなかっただろうか。

無には出来ずとも、軽くする方法が何か。

そんなことを考えていると

「迦螺霧?迦螺霧ですか?」

呼んだ声が誰なのか、すぐには思い出せなかった。

近づいてくるその姿は。

「弥杜?お前、弥杜か?」

「やはり、、、、迦螺霧」

声の主は、妖しの里で共に生きた弥杜だった。


















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