空白を超えて


キエヌに下りたイレーネは、以前2人で歩いた道を辿った。

市街を出て街の中心へ。

噴水のある広場を横切り、メインの大通りへ。

そして馴染みの花屋が見えてきた。すると

「イシュト、、、、」

花屋の前で、イシュトは若い女性に囲まれていた。

相手は2,3人。イシュトは花束を抱えている。

自分が好きなタチアスの花を。

イレーネは納得のできる説明をみつけようとするが
状況の説明をしようとすればするほど、混乱してきた。

イシュトがキエヌを知ったのは、眠りから覚めたあと。

前回はイレーネと共に回っただけなのだから
こっちに知り合いがいるとは思えない。

それとも、自分が知らないだけなのか。

「別に、、、いいわよね。声かけても」

偶然でも、通りすがりでもいい。

背中を向けているイシュトの顔が見たくて。

だが、一歩踏み出すも、その先が続かない。

「、、、、、」

結局、イレーネは自分も背を向け来た道を引き返していた。

 

広場まで戻ったイレーネは、足を止めベンチに腰を下ろした。

説明のつかないもどかしさが、胸の内にある。

互いにこのまま向こう側に戻り顔を合わせたら
イシュトは何を言うだろう。

それとも、自分には知らせる必要のないことか。

「女性に花束を贈るって、初対面の相手にはしないわよね。
 あそこにいた誰かに、、、、もう、、、
 何でこんなこと考えてるんだろう、、、、」

「どうしました」

「え?シェスタ様!?」

声に振り向き、視界に入ったのはシェスタだった。

イレーネは慌てて向き直る。

「すみません。気が付かなくて」

そして、はたと気づく。いつからいたのだろう。

「今の独り言、聞こえてました?」

シェスタはイレーネの隣に座った。

「イシュトのことですか?」

「聞こえてたんですね」

今の反応で、シェスタの推測は確信になった。

イレーネは、先ほどの状況を話した。

「花束ですか」

「このキエヌに知り合いがいたなんて驚いて。
 でも、もしかしたら目覚める前の記憶が戻ったのかもしれない。
 私の知らないことだってありますよね」

「確かに彼に関しては未知数な部分が多い。
 けれど、停戦よりも前に眠りについていたのだから
 知り合いを作るといっても、実質は目覚めてからでしょう。
 そして、あなた以外と接する機会は無いに等しかった。
 そうですよね」

「はい」

「ならば、こうは考えらえませんか。
 彼は、あなたに贈り物をしたいと思った。
 あなたへの贈り物だから、黙ってここに来た」

「イシュトが?」

「一緒にいた人は、たまたま同じ店に来た客で
 あなたが心配するようなことではない」

「心配って、あたしは、あの、、、、」

「イレーネ」

「はい」

「心はわかりにくいものです。
 その時々で、不思議なほど姿を変える。
 自分に最も近い場所にあるはずなのに、一番遠い存在。
 まして、他者の想いなど尚更です」

「、、、、、」

「急いで結論を出す必要はないけれど
 疑問は引きずらないようにしなさい。
 気にしないように振る舞おうとしても
 隠し通せるものではありませんよ」

シェスタの持つ気質のままに、優しく包み込まれる。

イシュトの想い。自分の心。

少し踏み込んでみても、いいのかもしれない。

「ありがとうございます。イシュトに訊いてみます」

「ええ」

「あの、、、今のお言葉って、シェスタ様の経験からですか?」

ふと、イレーネに向いていた視線が外れた。

自分の心。かの人に向かう想い。そして、かの人の想い。

美しいブロンドの面影が揺れた。

「あなたと、似ているのかもしれません
 さて、私はもう少し歩きますが、イレーネは」

「戻ります」

「ではこれで」

「はい。お気をつけて」

先に立ったシェスタの後ろ姿が、人の間に消えていった。

「歌うシェスタ様の傍らに、輝くブロンドの髪を持つ人。
 噂では聞くけれど」

シェスタの想いはその人に向いているも
相手の想いはわからない、ということだろうか。

「一番近くて、一番遠いか」

そんな場所に、人は大切なものをしまう。

少しの切なさを覚えながら、イレーネは有翼の側へと戻った。



 





「イシュト、、、遅いな」

イレーネが戻りそれなりに時間が過ぎても
イシュトは帰ってこない。

何度目かわからないその呟きが口をついてでた時、扉が開いた。

「遅くなりました」

「お帰り。イシュト、、、、」

手にはあの花束があった。

「これで、いいのですよね」

「、、、、私に?」

「沈んでいるように見えたので、何ができるか考えました。
 思い浮かんだのが、この花なんです。
 ただ、帰りに雨に降られてしまって。
 しのいでいたら遅くなってしまいました。すみません」

(シェスタ様の仰ったとおりだわ)

自分の疑問が恥ずかしくなってきた。

受け取ったイレーネは、優しく腕に抱く。

「謝ることなんてないわ」

「元気になってくれますか」

「もちろんよ。イシュトの気持ち嬉しいわ。ありがとう」

「よかった」

「座ってて。先に飾ってしまうから」

「はい」

イレーネは部屋を見回し、一番映える場所を探す。

(あそこがいいかな)

窓際の安定した場所に決め、飾り終えるとイシュトと並ぶ。

「体冷やしてない?大丈夫?」

「私はホムンクルスです」

言われイレーネは、はっとなる。

「体を冷やして体調が崩れるといったことはありません。
 大丈夫ですよ」

「そうよね、、、、」

ホムンクルスは、核となる紅水晶に込められた
マナの力で生きている。

劣化は避けられず、イシュトが創られた時期を考えれば
それなりのはずだ。

いつまで保つことができるのか。

浮かんだ懸念に、イレーネは顔を曇らせた。

「イレーネ?」

劣化を遅らせる。

少しでも長く同じ時間を過ごすことを
自分は望んでいるのだろうか。

もしかしたら、明日かもしれない。

(私の気持ちは、、、、ホムンスルスだからと、そう言える?)

黙り込んでしまったイレーネに
イシュトが不安そうな顔を向ける。

「イレーネ、どうしたのですか」

「ごめん。何でもないわ」

「本当に?」

「ほんとよ。大丈夫」

一呼吸置いて、イレーネはイシュトに向いた。

結論は急がない。けれど、疑問は残さない。

シェスタの言葉を考えるのなら
先を不安に思うのではなく、今という時間を大切にすること。

自分のためにというイシュトの想いを
素直に受け止めること。

そうすれば、自分の心もきっと見えてくるはず。

「また向こうに行ってみましょう。
 同じキエヌでも、街中と港じゃ雰囲気も違うし」

「はい。私も知らない場所を歩くのが、楽しみになりました」

まだぎこちなさの残る微笑みに、イレーナは頷き返した。

未来に後悔のない今であるように。

そんな願いを込めながら。




 
 


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