空白を超えて


「いろいろありがとう。助かりました」

「いえ」

「争いという時代を生きたあなた方の、悲しみがあってこそ
 争いのない今がある。
 だからこそ、私たちは同じ過ちを繰り返さぬよう
 努めなければならないと、そう思います」

「統括様」

「私も、このまま静かに過ごしていければと思いますよ」

(長かったでしょうね)

闇戯も同じホムンクルス。戦の時代に目覚めた命だ。

劣化を遅らせることはできても、止めることはできない。

静寂に包まれたこの地が闇戯の求めるものならば
自分にできるのは極力横槍を入れないこと。

「では、これで」

「お気をつけてお戻りください」

シェスタは翼を翻し、空へと舞った。

「あの頃のホムンクルスが見つかるとはね」

「闇戯様、、、、
 彼が己の意思と感情を持つことはあるのでしょうか」

「マスターの接し方次第でしょう。
 どちらがいいのかは、わからないけれどね」

ただ命令に従うだけ。

はた目には不幸かもしれないが、当人に自覚はない。

ならば、心など無いほうが幸せか。

「闇戯様は、、、、」

見つめてくる瞳に己を映す。

一つ言えることがあるとすれば、それは。

「あなたといる今を、手にしていたい」

「闇戯様、、、、」

唇が触れ、ジャステアは目を閉じた。

月明かりの下、互いを包むように2つの影が重なった。

 



一方のイレーネと彼。

「うん、似合ってる」

シルフィの工房。

妖精の糸紡ぎとも呼ばれる仕立て屋で購入したのは
鮮やかな赤色のコートジャケットだった

紅の瞳と長いブロンドを、いっそう引き立てる。

「あとは名前ね」

「マスターのよろしいように」

「(好きとか嫌いとかも、意識無いんだろうな、、、)
 そうだ、イシュトはどう」

「イシュト、、、、」

「そう、あなた誰かに似てる気がしたの。思い出したわ」

部屋を出たイレーネは、一冊の本を持って戻った。

ページをめくり、目の前に差し出す。

「あなたに似てない?」

物語の挿絵だった。

たなびくブロンドに紅の瞳。

面立ちも、似たような雰囲気を持っている。

「彼の名前、頂いちゃいましょう」

「わかりました」

「それと、私のことも名前でいいわよ」

「イレーネ様」

「様はいらない。イレーネ。呼んでみて」

「、、、、、イレーネ」

「それでいいの。あとは」

「ご命令のままに」

(すぐには無理。わかってるけど、、、)

命令ではないと、主従ではないと伝えるには
どうしたらいいのだろう。

方法はわからない。だが、諦めたくはない。

「今すぐにはないから好きにしていていいわよ。
 あなた自身がやりたいこと、好きなことを一緒に探しましょう」

包み込むような笑顔が向けられる。

何かが違ったのか、イシュトは戸惑っているようにも見えた。

「一度で全部なんて思わなくていい。
 少しづつ、ゆっくりでいいの。これからよろしくね」

差し出された手と自分の手。イレーネ。

交互に視線が動く。

それでも、イシュトはイレーネの手を取った。

こうして、イシュトの時間は動き始めた。

 

それから数日後。

「どうぞ」

「ありがとう」

摘みたての茶葉からいい香りがたつ。

イシュトに硬さは残るものの、命令を求める声は少なくなった。

それだけでも、イレーネからみれば一歩前進だ。

「今日のご予定は」

「久しぶりにキエヌに行こうかと思ってるわ」

「キエヌ、、、、」

「イシュトは、キエヌのこと知ってる?」

「いいえ」

「私たちが住むこの世界と並行して存在する
 もう一つの世界。
 こっちとは湖を介して繋がってるわ。
 その中でも、一番大きな町がキエヌよ」

「往来は自由なのですか?」

「私たちの側には、今のところ制限はないわ。
 でも、向こう側に生きる人たちは私たちの存在を知らない。
 だから、こちら側のことを知られない行動が原則。
 まあ、こっちから移り住んでいる人もいるから
 例外は存在するけどね」

「生きている人々は、私たちと変わらないのですか?」

「向こう側に生きる人たちには翼がないわ。
 それからもう一つ。精霊の概念もない」

「精霊が存在しない?」

「存在はしている。だけど、見ることも声を聞くことも出来ない。
 だから、存在そのものを知りようがないのよ」

「そうなのですか」

精霊を知らずとも生きてはゆける。

だが精霊と共に生きる自分からみれば、それは少し寂しい。

ならばイシュトは?

「イシュトは寂しくない?」

「私ですか」

「ただ一人誰もいない場所で眠りについて
 目覚めたら、あなたと創りだした人も知る人もいない」

イシュトは何かを考えるように目を閉じた。

寂しいという感情はよくわからない。

だが、一人でいることが寂しいという感情を生むのなら今は違う。

「あなたがいます」

「私?」

「はい。私は一人ではありません」

「イシュト」

シュトは、イレーネの手にそっと自分を重ねた。

「ただ、あなたのためだけの私なのですから」

美しい瞳は宝石のよう。

見つめられ、ぽっと体が火照った。

「そ、そういうことをさらっと言わないの」

「イレーネ?」

イレーネは手を離し、くるりと背を向けた。

「何か、困らせるようなことを言いましたか?」

「(無意識って最強ね)何でもないわ。イシュトも来てくれる?」

「はい」

イシュトにとって、自分はまだマスターかもしれない。

それでもいつか、イシュトが自分のために生きる日を
イレーネは信じるのだった。





 




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