空白を超えて


並行して同時に存在する2つの世界。

一方には背に翼を宿す命が存在し、もう一方には翼を持たぬ命が存在する。

それぞれに息づく地で、日々の営みは続いていた。

背に翼を宿す命が生きる世界。

イレーネは虚無が支配する空間で、周囲に目を凝らした。

「今まで叩いた嘆きの淵と、そう変わりなさそうですね」

「騒いでいる様子もないし、これならイレーネ殿の
 お力を借りるまでもないでしょう」

「油断は禁物よ。騒がしくなってからでは、来る!」

「え、うわ」

体制を立て直そうとした兵士の前にでたイレーネは
向かってくる想いを散らした。

「油断は禁物。いい」

「はい。もうしわけありません」

この世界に存在する<嘆きの淵>と呼ばれる空間。

ここには、器を失ってなお眠れぬ想いが揺らぐ。

その想いが暴走しないよう、封印を破らぬよう監視するのも
黒の統括シェスタ直属の部下である
イレーネの役目だった。

「今ので少し勢いづいたみたいね」

最初の一体が呼び水となり、揺らぐ想いが集まってきた。

器を求め漂う。

「散らしてしまいましょう。行くわよ」

「はい」

イレーネは手にあるロッドを掲げた。

「命を司りし精霊マナよ。
 その力をこの手に宿し、眠れぬ想いに安らぎを与えたまえ」

精霊使いとして、高い能力を誇るイレーネ。

能力の高さは、そのまま精霊からの信頼に比例する。

マナの加護の元、兵士たちが一斉に動いた。

「これくらいでいいからしらね」

「はい。暫くは静かになると思います」

「じゃあ、鎮魂の祈りをかけて終わりにしましょう。
 その間、最後に一回りしてきてくれる」

「はい」

静けさを取り戻したこの場所にイレーネは祈りを捧げ
兵士の一人が離れた。

「イレーネ様、嘆きの淵が無くなることは、ないのですよね」

「さすがに空間そのものを吹き飛ばすことは出来ないわ。
 でも、この場所は争いの時代が残したもの。
 戒めとしては、いいのかもしれない」

「争いを忘れないために、ですか」

「もっとも、これだけの時が過ぎた今となっては、
 その頃を知る人は居ないに等しいでしょうけど」

この世界には、黒の翼を宿す者と白の翼を宿す者がいる。

両者はかつて、対立し激しく争った。

嘆きの淵はその頃の遺産。戦場跡地であることが多いのだ。

「イレーネ様!大変です」

静けさを破り、見回りに出ていた兵士が戻ってきた。

「どうしたの」

「人が倒れていて、呼んでも返事が」

一同がざわめく。

「息はあるの?」

「弱いですが、まだ」

「案内して」

「こちらです」

イレーネは急いで後に続いた。


「あそこに」

指示したその場所に、横たわる人の姿があった。

「見てくるわ」

「イレーネ様、お一人では危険です」

「危なくなったら呼ぶわよ。とりあえず、ここにいて」

「わかりました」

イレーネは近づいた。


その姿がはっきりしてくる。

長いブロンドが波打ち両手を胸で組んだ姿は
祈りのようにも見えた。

翼は内に秘められているため
どちらを宿しているかはわからない。

いずれにしろ、眠れぬ想いではなく器を保ったこの状態で
見つけるなど初めてだった。

「まだ救える命なら、どうか」

イレーネはロッドを掲げた。光が包み込んでゆく。

すると、小さく指先が動いた。

「目を覚まして」

「、、、ん、、、、」

ゆっくりと瞳が開いた。

「よかった。生きてるのね」

相手は上体を起こし、視線を一周させる。

イレーネの正面で動きが止まった。

「大丈夫?怪我はしてない?」

「、、、、、」

「えっと、、、声、聞こえてる?」

「マスターを認識しました」

「え?」

「No・2000−A50。これより任務を開始します。
 マスター、ご命令を」

「マスター?私が?」

「はい」

淡々とした口調と、無機質な動かない表情でイレーネを見る。

「(No・2000−A50、何かの番号みたいだけど)
 名前を教えてくれるかしら」

「名前、、、、No・2000−A50」

(話になりそうもないわね)

事情はわからないが、話がかみ合わない。

それに、まずはシェスタへの報告が先だろう。

「ひとまず、ここを出ましょう。ついてきて」

イレーネは様子を見ていた兵の元に戻った。




 
 

「イレーネ様、この者は一体」

「それが、、、どう説明したらいいのかしら。というか、説明のしようがないのよね」

「イレーネ様?」

「、、、、、」

「でも、危険はないわ。大丈夫。シェスタ様への報告もあるから、城へ戻りましょう」

「、、、、、わかりました」

頷きながらも訝しげな兵士の視線が向く。だが、無機質な瞳はイレーネだけを見ていた。

嘆きの淵を出たイレーネは、シェスタの居城へと足を向けた。

「シェスタ様、イレーネです」

「どうぞ」

声を受け、イレーネは”彼”を伴い部屋に入った。

「ただいま戻りました」

「ご苦労様でした」

黒を統べる統括、シェスタ。労いの言葉をかけ、視線を移した。

「報告をお願いします」

「はい。嘆きの淵そのものは、いつも通り鎮めました。
 彼は、そに嘆きの淵で発見しました。
 眠っている状態で見つけて、その場で目を覚ましたのですが
 私を見た第一声が、マスターを認識したと」

「マスター?あなたを?」

「はい。名前を訊いたら、No・2000−A50、そう答えたんです」

「あなたは、何故あの場所にいたのでしょう。
 眠りにつく前のことを聞かせてもらえませんか」

「マスターの命令に従うが役目。必要のないことは排除」

「認識と同時に、以前の記憶が消えたか」

「シェスタ様、どういうことなんでしょう」

「マスター、私の存在が必要ないのならその様に。
 紅水晶を消滅させて、私も消えます」

「そういう話じゃ、え、、、今」

「紅水晶?」

その言葉に、シェスタは一人を思い出した。

紅水晶に込められたマナの力を核とする命。

マスターの命に従うことを役目と言い切る。

嘆きの淵で、忘れ去られたように眠りについていた。

その全てが繋がった時、シェスタはこう呟いていた。

「まさか、、、ホムンクルス」



 


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